日商 Assist Biz

更新

テーマ別誌上セミナー 社員の幸せを追及すれば業績は上がる "幸福経営"という働き方改革

コロナ禍によって、日本の働き方改革が一気に進み出した。しかし、テレワークを導入するだけでは、会社の業績は上がらない。“ウィズコロナ、アフターコロナ”を見据えた働き方改革のキーワードは“社員の幸せ”という要素だ。利益追求よりも社員が幸せを感じる経営を実践すると、結果的に業績が上がると説く幸福経営学とは?

前野 隆司(まえの・たかし)

慶應義塾大学大学院教授

前野 隆司(まえの・たかし) 慶應義塾大学大学院教授 1962年生まれ。84年東京工業大学工学部機械工学科卒業。86年同大学理工学研究科機械工学専攻修士課程修了、同年キヤノン(株)入社。その後カリフォルニア大学バークレー校客員研究員、慶應義塾大学理工学部教授、ハーバード大学客員教授などを経て、2008年より慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授。研究領域は、ヒューマンロボットインタラクション、認知心理学・脳科学、イノベーション教育学、創造学、幸福学、哲学、倫理学など。著書に『脳はなぜ「心」を作ったのか』(ちくま文庫)、『しあわせのメカニズム実践・幸福学入門』(講談社現代新書)、『幸せな職場の経営学』(小学館)など多数

社員が幸せになると業績が上がるという事実

あなたは‶社員の幸せ〟について考えたことがありますか―?

私は大学で「幸福学」の研究をしています。幸福学とは、人が幸せに生きるための考え方や行動を科学的に検証し、実践に生かすための学問です。「幸せとは何か」「人はどうすれば幸せになれるのか」という根本的なテーマを追求する過程で、人を幸せにするための製品づくりやサービスの開発、事業運営なども探求してきました。そこから見えてきたのは、社員の幸せを第一に考える経営を実践すると、会社の業績が上がるという事実です。

業績というと、真っ先に売り上げや利益に目を向けがちです。もちろんそれも大事ですが、それよりもまず「社員を幸せにする」ことを目標に掲げた経営を実践することが重要です。社員一人ひとりが幸せを感じながら業務に当たれば生産性や創造性が上がり、その結果会社に利益がもたらされ、業績が上がります。それを給料に還元すれば、社員は物的な幸せも得られて意欲がさらに上がり、生産性・創造性が向上するという循環が長期的に続きます。この循環を生み出す経営を、私は「幸福経営」と呼んでいます。

そもそも社員が職場で幸せを感じるのは、どのようなときなのでしょうか。

戦後の高度経済成長期から最近までは、仕事での成功や出世、それに伴う経済的な豊かさ、社会的な地位や名誉などに幸せを感じる人が大半を占めていました。ところがバブル経済が崩壊し、このたびの新型コロナウイルスによるパンデミックやさまざまな自然災害を経て時代が変化するにつれ、「金、もの、地位」で本質的な幸せは得られないことに気付く人が増えています。

実はさまざまな研究から、「金、もの、地位」のように他人と比べることで得る幸せは長続きせず、「精神的満足、安全、健康」など、他人とは関係なく得られる幸せは長続きすることが明らかにされています。つまり、給料が上がったり、昇進したり、欲しいものが手に入ったことで得られる幸せはそのとき限りの場合が多いのに対し、好きなことに没頭したり、大切な人たちと有意義な時間を過ごしたり、自然に親しむといったことなどには、長期的な幸せを感じます。もちろん、昇給や昇進は仕事の成果であり大きな喜びですが、それだけを社員の幸せと捉えてしまうと、どんなに働いても本質的な幸せを感じるのは難しいといえるのです。

職場で感じる幸せとは「やりがい」と「つながり」

人にはそれぞれの価値観があり、幸せの感じ方も違います。そこで私たち研究グループは、幸福度測定のための質問をつくり、日本人約1万5000人を対象に調査を行いました。その結果から、人は自分が常に成長し、その能力や強みが社会の役に立っていると実感するとき、誰かに喜んでもらえたとき、ポジティブで楽観的であるとき、自分らしい人生を送っているときに、幸せを感じることが分かってきました。しかも他者との比較で得られるものではないことも重要なポイントです。

これらの要素を職場に当てはめると、社員が幸せを感じるのは「やりがい」と「つながり」を感じたときだといえます。一人ひとりが職場で自分の経験や強みを生かせる状態にあれば、社員は仕事にやりがいを感じるでしょう。その中で関わる人とのつながりを感じ、誰かの役に立てたと実感できたとき、充実感を覚えるはずです。

つまり日々の仕事の中で、いかに社員に「やりがい」と「つながり」を感じさせられるかが、幸福経営の鍵となります。私が企業での研修時に使用している、「企業版 幸福度測定のための質問」があります。社長と社員全員の幸福度を客観的に可視化する意味で、一度トライすると大きな気付きが得られるのではないでしょうか。

社長が決意することから幸福経営は始まる

とはいえ、「売り上げや利益は無視できない」「うちにはそんな余裕はない」と思うかもしれません。しかし、幸福経営はどの会社でもできるし、むしろ中小企業の方が取り組みやすいと考えます。人間は150人までの群れをつくる脳しか持ち合わせていないといわれているのがその根拠です。150人までなら顔と名前を記憶でき、互いに信頼関係を構築しやすく、いいチーム、いい会社をつくりやすいといえます。私が見てきた経験からも、規模が小さい会社ほど幸福経営はうまくいっています。

もし、少しでも社員が幸せを感じる会社にしたいと思うなら、まずは社長が「幸せな会社をつくるぞ!」と決意することです。そこから幸福経営は始まり、社員全員に広がっていきます。ただ、決意するとなると迷いもあるでしょう。社員の幸せを優先して、利益を後回しにしてもよいのかと。そうして短期的な利益と長期的な幸せを天秤(てんびん)にかけてしまいます。しかし、幸福経営には真ん中がありません。中途半端に利益も幸せも目指すと、社員も中途半端になり、利益も出ないし幸せでもない状態に陥ります。これは最も危険です。

現在のように経済の先行きが不透明なときは、目の前の利益を考えざるを得ないかもしれませんが、少し余裕が出てきたら社長が腹をくくり、社員が生き生きと働く姿を思い描いて実践すれば、利益は後からついてきます。

コミュニケーションがうまくいくと幸福度は上がる

はじめの一歩としてお勧めなのは、社員への声掛けです。これを長年実践している一社が、愛知県・豊橋にある工作機械メーカーの西島です。同社は「定年なし、正社員オンリー」を掲げ、多能工の育成に力を注いできましたが、その一環として社長は毎日現場を回り、社員全員に声掛けをしています。「おう、どうだ」「頑張ってるな」「おばあちゃん元気か」など他愛のない内容も多いのですが、社長が自分を気に掛けてくれていることが伝わり、社員は今日も頑張ろうと思うものです。社員を常に気に掛け、大事にする姿勢から、同社の社員定着率は高く、円高不況やリーマンショック時の工作機械不況を乗り越えて業績回復を遂げました。

毎日の声掛けはハードルが高いかもしれませんが、大切なのは社長から声を掛けるということです。「最近の若い社員はあいさつもできない」「部下が話しかけてこない」と嘆くより、自ら働きかけるのです。最初は思ったような反応がないかもしれませんが、続けていれば必ずいい反応が返ってくるようになります。

声掛けの次は対話です。例えば、「社員のやる気が見えない」「何を考えているのか分からない」と嘆く声をよく耳にしますが、これはコミュニケーション不全に陥っている証左です。昭和の時代の典型的な統率型リーダーは、「言ったことをやれ」「何でできないんだ」「そうじゃない」などと、コミュニケーションが一方通行になっているケースが少なくありません。もし、社員にやる気を出させ、何を考えているのか理解したいと思うなら、統率型から調和型リーダーにシフトすべきです。

例えば、自分から話すよりもまず、社員の話を聞いてみましょう。心理学用語でいうと「傾聴」です。人間は、自分の言葉に耳を傾けてくれる人に心を開き、話をしたいと思うものです。うまくいかないときは、相手を‶孫〟だと思ってみましょう。孫の言うことならどんなことにも、「どうしたの」「そうかい」「分かったよ」と耳を傾けているはずです。その要領で社員にも接してみる。腹が立ったときでも、相手を孫だと思って気持ちを収めるのです。

ここ数年、働き方改革の一環として、独自の改革や取り組みを始める企業が増えています。ところが、うまくいっていないケースもあります。労働時間や残業を減らすために業務の効率化や生産性向上が叫ばれていますが、その一方で社内行事やイベント、飲み会や雑談タイムを廃止するケースを耳にします。

こうした機会は無駄のように見えて、実はお互いの思いや考えを共有し、信頼を深める場になり得ます。それをなくしてコミュニケーションの量が減れば、社員の幸福度は下がり、それに比例して生産性や創造性も低下してしまっては本末転倒です。

やり続けることでいい変化が起こる

幸福経営のメリットを頭では理解しても、会社の業績が上がるのかと懐疑的になり、二の足を踏んだり途中でやめてしまう場合があります。確かに、社員に声掛けをし、対話し、傾聴を心掛けたからといって、すぐに効果が現れるわけではありません。それでも、続けていればあるとき必ずいい変化が起こります。

その最たる例が、『日本でいちばん大切にしたい会社』(坂本光司著・あさ出版刊)でも紹介されている長野県の伊那食品工業です。同社は「いい会社をつくりましょう」を社是とし、長年社員の幸せのための経営を実践してきました。実際、経営方針の中に、目先の利益や効率を求めない、急成長を目指さない、業績は評価しない、全社員の給料を毎年2%ずつ上げる……などを掲げています。にわかに信じられないかもしれませんが、同社はこれを地道に続けて、斜陽産業と言われた寒天業界で国内シェア80%のトップ企業となり、48年間増収増益という偉業を果たしました。そんな同社でさえ、最初から効果が出たわけではなく、信念を持ってやり続けたことで結果がついてきたのです。

同社のように「いい会社」、あるいは「いいチーム」をつくることは、業績を上げるための‶手段〟ではありません。それが幸福経営の第一の目的であり、目的を達成すると結果的に業績が上がるのです。

「私は社員を大切に思っている」とほとんどの経営者は言うでしょう。では、社員は果たして幸せを感じながら仕事をしているでしょうか。社長と社員は鏡です。社長が社員の仕事ぶりに不満や物足りなさを感じているとしたら、社員も社長のやり方に不満を持っていると考えられます。上司が部下を「使えない」と文句ばかり言っていると、部下も同様に上司は指導力がないと思っています。これは心理学の投影という理論で説明されています。逆を言えば、社長自身が社員のいい部分や頑張っていることに目を向ければ、鏡のように社員も社長の期待に応えて頑張ろうという気持ちになるということです。

新型コロナウイルス感染症の世界的拡大により、経済の先行きが不透明な今。かつてないピンチには違いありませんが、会社のあり方を見直す機会かもしれません。5年10年先を見据えて中長期計画を立てる際、利益目標と一緒に幸せの目標値を掲げ、コツコツと実践してみてください。あるとき社員の姿を見て社長自身が幸せを感じる瞬間があったら、それは社員が幸せだという印です。

次の記事

横山昌彦

長引く新型コロナウイルスの影響は、従業員にも予想以上に広がっている。テレワークをはじめとする就業形態の変化や業績の悪化、将来への不安など、感染そのものよりも従業員の…

前の記事

『商業界』元編集長 笹井清範

過剰な情報はしばしば混乱を招き、行動の優先順位を狂わせる。新型コロナウイルス災禍の今日、経営者が優先すべきは「大切なもの」の再確認と、それらを守るための「経営資源」…

関連記事

真壁昭夫/崔真淑/原田曜平/河合雅司

今号で本誌は創刊40周年を迎える。本誌が創刊した1980(昭和55)年から今日まで日本経済を支える中小企業が歩んできた道のりは決して平坦ではなかったが、その度に乗り越え、時…

横山昌彦

職場内で起きるさまざまなハラスメントが大きな問題になっている。厚生労働省によると、職場でパワハラを受けている人は、約3人に1人だという。そこで、職場内のハラスメントを…

福田千晶

今冬、中国の湖北省武漢市で発生した新型コロナウイルス感染症は瞬く間に世界中に拡大し、日本にも社会的、経済的に大きな影響を及ぼしている。しかし、ウイルス感染の恐れがあ…