チラシがかつてより効かなくなったといわれることがある。確かに新聞購読率の低下により、かつてよりチラシを目にする人は少なくなった。しかし、そのこととチラシが効かなくなったこととは別の問題だ。チラシの内容が消費者ニーズに応えられなくなったことに原因がある。
では、消費者ニーズはどのように変わったのだろうか。内閣府が発表している「国民生活に関する世論調査」の一項目に、「これからは心の豊かさか、まだ物の豊かさか」という、どちらかを選択する設問がある。「心の豊かさ」が「物の豊かさ」を上回り、その差を広げていったのが1980年代。その後、差は広がり続け、近年は「物の豊かさ」は3割に減少、「心の豊かさ」は6割に増加している。
このように大きく消費者の心が変わったのに、チラシはどうか。いまだに消費者が物の豊かさを追い求めていたころと同じように、大量に商品を掲載して、特売価格を訴求しているものが少なくない。品ぞろえの豊富さと価格の安さを伝えるだけであれば、チラシはもはやインターネットにはかなわない。
ニーズを捉え56倍の売り上げ
しかし、どんな時代でも優れたチラシは顧客と売り上げをつくり出す。物から心へという消費者ニーズの変化に併せて内容を変えることで、驚くほどの実績を挙げた例がある。
長野県飯田市に拠点を置く原鉄は建設機械のレンタルや販売を行う地元の老舗企業だ。公共事業などに関わることが多い建機業界では、顧客のほとんどが法人客だが、同社では個人客をターゲットに、驚異的な販売実績を挙げている。
「ガチガチ雪が面白いほどかけるから笑って雪かきできました」と書かれたチラシに掲載されているのは、スチール製の雪かきスコップ。性能に定評あるメーカーの製品で、スチールの丈夫さと穴を空けることで軽さを実現している。その分、価格は競合品に比べてやや高い。
以前から扱っていた商品だが、このチラシに変えたら売れ始め、とうとう昨年比12倍、一昨年比で56倍という大ヒットを記録。競合するホームセンターなどでも販売されているが、これほど伸びたのは同社だけだという。
伝えるために人にフォーカス
「今ではチラシやPOPはほぼ手書きですが、以前は『チラシを手書きにしましょう』と言っただけで、店長たちからすごく抵抗がありました」と言うのは、同社の中塚緑さん。同社には9つの店舗があり、中塚さんのアドバイスのもと、それぞれの店長がチラシづくりに取り組んでいる。
それまで、多くの店長たちが「誰に」という視点を持たずに、「良い品だからきっと売れる」という考えだけで商品を仕入れていたと中塚さん。もちろん良い品であることは前提だが、心の豊かさが求められる今日、それだけでお客の心は動かない。その良さを誰に伝えたいのか、その商品を手にすることによってどのような問題が解決され、ハッピーな体験が得られるのか─このように人の心にフォーカスしてチラシを改善していった結果、前述の大ヒットが生まれた。
最近では、何カ月も前のチラシを大切に保管するお客が増え、それを手に来店して「このチラシに感動した!」と声を掛けてくれるという。そうしたお客の声が、さらに店長たちのやる気を高めている。
「自分のつくったチラシでお客さまが動き、その商品を手にして喜びを得る。その声に、店長たちも喜びを感じる。そして、もっと喜びを感じてもらいたいという気持ちが生まれ、常にどんな人に喜んでもらいたいかを考えるようになりました」(中塚さん)
物やサービスではなく、人の行動だけが売り上げをつくる。そして、行動は「買いたい」「行きたい」という気持ちから生まれる。人にフォーカスすること、その重要性はさらに増している。
(笹井清範・『商業界』編集長)
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