絹から生まれた日本屈指の祭り
周囲を山々に囲まれた盆地にある埼玉県秩父市。市域の大部分が秩父多摩甲斐国立公園や、武甲・西秩父といった埼玉県立の自然公園に指定されており、豊かな自然に恵まれている。
その秩父が一番のにぎわいを見せるのは、毎年12月2・3日。そのときに開催されるのが京都の祇園祭、飛騨の高山祭とともに「日本三大曳山祭り」に数えられる秩父夜祭だ。例年15万人以上が訪れる一大イベントである。
秩父商工会議所の西村耕一会頭は「秩父は養蚕と製糸が盛んでした。夜祭も秩父神社で行われていた絹織物の市、絹大市の発展とともに大きくなっていったようです。祭りで使われる笠鉾や屋台は多額のお金と高度な技術でつくられており、国の重要有形民俗文化財に指定されています。地元の人間としてこれだけのものをつくるお金と技術が秩父にあったということを誇りに思いますね」と語る。
人気を博した「秩父銘仙」ブランド
同所の松本賢治専務理事は、秩父の養蚕業について、「典型的な農商工連携で、いまでいう6次産業。ですから、落ちるお金も大きく、裾野も広かったようです。秩父でつくられた〝秩父銘仙〟は明治のころ、大変人気があったそうです」と説明する。
秩父で生産された生糸は、横浜からフランスへと輸出されていった。しばらくの間は順調に推移したものの、西南戦争後に発生したインフレを抑制しようとする政策に伴って起きたデフレの影響を受け生糸価格が暴落。秩父の養蚕も大きな打撃を受けた。また、秩父には生糸の相場情報などとともに、フランスの民権思想が流入し、自由民権論者、板垣退助率いる自由党の影響も大きかった。これらの要因が積み重なり、秩父事件という悲惨な出来事が起きてしまう。
「このようなことが二度と起きないように、それまで季節によって波があった収入を安定させるためにさまざまな工夫をしたようです。例えば、農繁期にも絹の生産ができるように、工場主が留守番をしているお年寄りや子どもでも生産できるように機械を貸し出すといったことなどです」(西村会頭)
観光は通年化が課題
「繊維産業、セメント産業、木材産業がかつては主力でした。ただ近年は苦戦しており、電子機器に転換した会社もあります。また、最近は観光にも力を入れています」と秩父商工会議所の内田明夫事務局長。秩父夜祭をはじめとする祭り、多い年には100万人が見に来るという芝桜など、観光資源は多いが、見ることのできる時期が限られていることが大きな課題だという。
このことについて秩父観光協会の坪内幸次専務理事に話を聞くと、「オフシーズン、特に冬は寒く、観光客が少ないのが現状です。この課題を解決するため、〝寒さ〟を逆手にとって氷柱を巡るツアーをつくりました」と話す。また、「東京から近い」ということはメリットでもあり、デメリットでもあるという。気軽に足を延ばせる反面、なかなか秩父に泊まるという人が少ないのだ。
「これまで点だった観光スポットを線につなげて、滞在時間を長くしていきたいと思っています。また、同じ埼玉県内の小江戸川越観光協会と観光連携に関する協定を締結しました。川越も都心から気軽に行ける反面、宿泊客が少ないという同じ悩みを抱えています。そこで、秩父に来た観光客を川越に、川越に来た観光客を秩父にという協力関係を築きたいと思っています。また、両都市の中間点にある飯能を加えて、3つのまちを巡るエリアツーリズムを確立できないかと考えています」
3つのまちの連携はまだ始まったばかり。現在は計画を立てて、どういった協力ができるか話しあいを進めている段階だという。
忘れられていた郷土料理を新たな名物に
商工会議所でも観光の通年化に取り組んでいる。そのうちの一つが「ちちぶの和点心・小昼飯」だ。小昼飯とは、農作業の合間など小腹がすいたときに食べる郷土料理。主に地元の穀物、農産物を食材として各家庭で独特の調理をしたものを指す。これを秩父の新しいB級グルメとして掘り起こした。
「新しい名物をつくろうということになると、どうしても何もないところから全く新しいものを、ということになりがちです。でも、それではストーリーがありません。それに対して、地域にもともとあるものなら初めからそれが備わっています。そこで、小昼飯を引っ張り出してきたというわけです」(松本専務)
現在では、市内約60店舗が小昼飯を取り扱っている。商工会議所では、取扱店を認定するとともに、広くPR。商工会議所のWEBサイトでも「みそポテト」「ずりあげ」「たらし焼き」など、伝統的な「小昼飯」13品目と伝統食をレシピ付きで紹介した冊子を入手することができる。担当の中小企業支援課主任の榊原麻衣さんは、「埼玉B級ご当地グルメ決定戦で〝みそポテト〟が優勝しました。秩父にいらしたらぜひ食べていただきたいと思いますし、秩父の外にも広がっていってほしいと思いますね」と期待する。
今年は千載一隅のチャンス
「今年は、記念行事が重なっています。秩父の札所が午歳総開帳(3月1日~11月18日)の年に当たります。また、秩父鉄道の秩父地域開通100周年(10月26日に記念イベント)、そして秩父神社御鎮座2100年の年でもあります。まさに当たり年で観光客数も順調に推移しています」(松本専務)
記念行事の重なる今年は秩父ファンを増やし、秩父外の需要を取り込むまたとないチャンスだ。秩父地域でも人口は減少傾向であるため、域内だけではパイが限られてしまう。
「何とか交流人口を増やしたいと考えています。来ていただいた方に満足していただけるおもてなしをするのはもちろんですが、リピーターを増やすためにスタンプラリーをしています。1日だけで集めるのは難しいので、ぜひもう一度きていただくか、宿泊してじっくり秩父を堪能していただきたいですね」(内田局長)
この他にも追い風がある。秩父を舞台にしたアニメがヒット。これを活用することで、新たな客層を呼び込むことに成功した。今やアニメツーリズムというと秩父というほど有名になった。
「学校が長期休暇に入る時期には必ずアニメ目当ての人がやってくるようになりました。これまでにない層においでいただいていると思います」(松本専務)
企業に来てもらうために交通インフラを改善したい
「何といっても交通インフラを改善したいと思っています。交通アクセスがよくないと、物流コストも上がってしまいますし。観光にしても滞在時間が短くなってしまいます。それでは秩父の魅力を存分に堪能していただくことができません。ですから、秩父にとって交通インフラの整備は重要なのです」と西村会頭は力を込める。
また、企業誘致、地域の人口減少に歯止めをかけるためにも交通網の整備は欠かせないと語る西村会頭。現在も各方面に整備を訴えているという。
「今は、関越自動車道と皆野寄居有料道路がつながっておらず、一旦一般道に降りなければなりません。その一般道が渋滞しているのです。二つの道路がつながれば、首都圏からのアクセスは格段に改善されるはずです」
近隣には企業誘致に成功している寄居町や小川町といった地域がある。この二つの地域は高速道路のインターチェンジが極めて近く、交通の利便性が高い。企業に安心して進出してもらうためには、交通網の整備が欠かせない。そして、企業が来れば仕事が生まれる。
「これがうまく回れば、人も増えるでしょうし、人口減少にも歯止めをかけることができるかもしれません。そのため、現在一番力を入れて取り組んでいることでもあります」
一つの秩父になっておもてなしを充実させる
秩父地域は、主に秩父市と4町(小鹿野町・長瀞町・皆野町・横瀬町)からなる。それぞれの地域が優れた地域資源を有している。そのため、これまでは各自治体が個別に活動してきた。しかし、弊害も大きかったことも事実だ。
「行政区も違うし、商工団体も別なので難しい面はあります。でも、外からいらっしゃる方からすれば、全部秩父です。例えば、地図一つとっても、ここから先は秩父市ではないので、別のところからもらってください、ということではいけないですよね。われわれのつくるものはできる限り近隣と連携しています。こうした取り組みが地域全体の統一したビジョン策定につながっていってほしいですね」(西村会頭)
一つの秩父に向けた動きは徐々に大きくなりつつあるようだ。平成24年4月、秩父市と4町が連携し、秩父地域観光おもてなし公社を設立。地域が一丸となった観光に関する取り組みが動き出している。
「秩父地域おもてなし観光公社は、秩父に住みたい、残りたいと住民に思ってもらうという取り組み(ちちぶ定住自立圏構想)の中で生まれたものです。旅のメニューや、地場の〝食〟の名産の開発などを行っています」(坪内専務)
個別企業の支援が一番大切
「中心市街地に関しては、みやのかわ商店街の取り組みが注目を集めているものの、全体としてはさみしくなっているのは事実です。回遊性を高めるための努力はしていますが、なかなか難しいですね」(西村会頭)
他地域と同様に中心市街地は厳しい状況にある。そんな中、秩父商工会議所では個別企業の支援に力を入れているという。
「会員事業所を幸せにするということが商工会議所本来の役割です。しっかりとした創業や経営革新の支援をできるように努力しています。個別企業が強くなれば、地域全体も強くなると思います」と松本専務は話す。内田局長もこう続ける。「商工会議所の経営指導員による経営革新計画の認定数は、おそらく全国でも指折りだと思います」。
秩父市は東京から気軽に行ける観光スポットとしてこれまでも人気を集めてきた。現在、その魅力と利便性をさらに高めるため、努力を重ねている。今後の取り組みに注目したい。
最新号を紙面で読める!