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コラム石垣 2020年9月11日号 神田玲子

慶應義塾大学の創設者である福澤諭吉の『文明論之概略』には次の一節がある。「西洋諸国の学問は人民一般の間に起こり(中略)学者の事業にて、其行はるるや官私の別なく、唯学者の世界に在り。我国の学問は所謂治者の学問にして、恰(あたかも)も政府の一部分たるに過ぎず」。福澤は、日本の学問が、西欧とは異なり、統治する側のものでしかないとことを批判した。

▼この書が世に出てから145年たった今もなお、この指摘は力強さを失っていない。先日も、現在の感染状況が第2波の真っただ中かどうかで、感染症学会のトップと政府の見解が分かれた。定義がないことを理由に明言を避けた行政の姿勢は、程度の差こそあれ、行政の学問に対する態度が「治者の学問」から脱していないといえよう。

▼福澤が、政治からの学問の独立こそが、日本の文明の進歩のために重要だと考えて私立大学を設立したように、われわれは、今日的な意味で、市民のための学問の形成を急がねばならない。それは、一つには、政治が学問から発せられた科学的な知見を尊重し、中立的な立場を選択することである。もう一つには、市民が、自ら判断を下すことができる環境をつくることである。

▼145年の間に、それが実現されていれば、今回のコロナ禍の中でも、より客観的な情報に基づき政策を判断し、多様な専門家の意見を聴いた上で市民の声を政策に反映できたはずだ。それは、社会における学問の再定義をすることにほかならず、官私を含めて市民が学問への接点を持ち、政策への関与を強めることを意味する。学問に支えられた市民のエンパワーメントが、文明の進歩に不可欠であることは、今も未来も変わらない。

(NIRA総合研究開発機構理事・神田玲子)

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