日本人の実に8割以上が一生に1度は経験するとされ、国民病といっても過言ではない腰痛。原因が特定できないために適切な対策が取れず、だましだまし付き合っている人も少なくないだろう。しかし今、腰痛研究は飛躍的に進み、対処法にも変化が起こっている。その最新事情とセルフケアについて、疼痛医学のスペシャリストである松平浩先生に聞いた。
腰痛持ちの大半は原因がはっきり分からない
ずばり聞きます。あなたは腰痛持ちですか? 現在、日本人(40歳以上)の4人に1人が腰痛に悩まされているとされ、全国の約6万5000人を対象とした大規模な調査では、実に84%の人が一生に1度は経験するという結果が出ています。
たかが腰痛と思うかもしれませんが、実は侮れません。平成24年に発表されたWHO(世界保健機関)を含む7つの世界主要機関の調査によれば、腰痛は生活に支障を与える年数という指標で全疾患の第1位と報告されています。
また、厚生労働省が公表している「業務上疾病発生状況等調査」では、仕事を4日以上休業した疾患のトップも腰痛で、その件数は職業性疾病の約6割を占めています。つまり、公私にわたって不利益をもたらし、社会的損失の大きい問題といえるのです。
ところが長い間、腰痛に対する対策はうまくいっているとはいえませんでした。その大きな理由は、腰痛の正体が解明しきれていないためです。病院でX線やMRI(磁気共鳴画像)検査などを受けても、原因が特定できる腰痛はわずか15%にすぎません。
例えば、椎間板ヘルニアや腰部脊柱管狭窄症(せきちゅうかんきょうさくしょう)、骨折などがそうで、これらを「特異的腰痛」といい、おおむね治療法が確立しています。一方、残りの85%は原因の特定が難しい「非特異的腰痛」です。いわゆるぎっくり腰(腰椎捻挫)や慢性的腰痛、再発を繰り返す腰痛などが該当します。明らかに症状があるにもかかわらず、原因の見極めが難しいため、治療法や予防対策がいまだ確立されていません。
髄核のずれとストレスが関係している
一方、近年、非特異的腰痛では、姿勢の悪さなどからくる「腰自体の不具合」と、心理的ストレスによる「脳機能の不具合」が共存することが分かってきました。
背骨は通常なだらかなS字カーブを描き、骨とその間にある椎間板がバランスよく積み重なっています。ところが、前かがみや猫背、不適切な持ち上げ動作などが習慣化していると、腰に負担が掛かって、椎間板の中央にある「髄核(ずいかく)」が押し出されます。この髄核のずれが腰に不具合を招き、痛みを生じることがあります。
また、特に原因となる病気がないのに痛みが続いたり、重症化するようなケースの裏には、心理的要因が潜んでいる場合が少なくありません。例えば、ぎっくり腰になって体が動かせないと、「いつまで痛みが続くのか」「もう治らないのでは」などの不安や恐怖が湧き起こります。そうした心理的ストレスが、ドーパミンやオピオイドという痛みを抑える脳内物質の分泌を低下させ、症状を長引かせたり、再発につながったりすることが最近の研究で明らかになってきたのです。これは日常生活のストレスでも同様です。仕事がうまくいっていない、職場の人間関係がギクシャクしている、家庭に悩みごとがあるなど、その緊張や不安、イライラが脳機能の不具合につながり、自律神経失調や痛みを感じやすくなるのです。
このような状態になったとき、痛みが怖いからとじっと安静にしたり、コルセットを常に巻いたりして腰を過保護にすると、腰回りの筋肉が萎縮し血流も悪くなり、それがさらなる痛みを招くという悪循環から抜け出せなくなります。
安静よりも〝動かしながら治す〟が正解
悪い姿勢や心理的ストレスなどによる腰への負担を、私はしばしば借金にたとえ、「腰痛借金」と呼んでいます。借金は放っておくとどんどん膨れ上がりますが、コツコツと返済すればやがてなくなります。同様に腰痛借金も、溜めないように対処すれば、慢性化や重症化させることなく、改善へと導くことができます。
その対処法として推奨しているのが、「これだけ体操」です。ずれた髄核をその場で元に戻すのを目的に、1回3秒程度の単純な動作を行うもので、病気が原因の腰痛でなければ、症状の緩和や予防に効果を発揮します。患部を刺激してよいのかと不安に思うかもしれませんが、今や世界では「腰痛は動かしながら治し、予防する」のが常識となりつつあります。現にオーストラリアでは、国を挙げて「動いて治そう」とキャンペーンを展開し、国民の腰痛と医療費の削減に成功しています。また、西欧諸国のガイドラインの多くは、ぎっくり腰を起こしたときでも、「3日以上の安静は逆効果」だと記されています。今までの腰痛に対する認識をリセットすれば、自分でコントロールすることは十分に可能なのです。
そこで、パソコンやスマホの普及で前かがみや猫背になりやすい現代人は、「腰を反らす体操」を日課にするとよいでしょう。後方にずれた髄核を、元に戻すための動作です。かつてその効果を検証するために、腰痛リスクの高い高齢者福祉施設で働く介護士を対象に調査したことがあります。腰を反らす体操を行ったグループは、行わなかったグループと比べて、明らかに痛みが改善し、腰痛で休業する人が減少するという結果を得ました。
さらに、腰を守る姿勢を身に付けるには、「ハリ胸プリけつ」が効果的です。例えば、物を持ち上げる際、無防備に前にかがんで背中や腰を痛めないために、重量挙げをするときのように胸を張ってお尻を突き出す姿勢が取れるようにする体操です。
詳しい方法は次頁で解説していますので、それを参考にしながら、デスクにつくまえに1回、トイレに立ったときに1回と、職場でも折に触れて実践してみてください。きっと、知らぬ間に溜まっていた腰痛借金が返済され、痛みを感じる機会が減っているのを実感できるはずです。
1回3秒!「これだけ体操®」で腰痛借金を返済する
「安静が一番」はすでに過去の常識。腰痛の予防・改善には、適度に体を動かすのが現代のトレンドだ。そこで知らぬ間に溜まっていた腰痛借金を返す、「これだけ体操」を紹介する。「腰を反らす体操」をはじめ、よくあるタイプの腰痛に効果のある数パターンの体操を習慣化して、体本来のバランスを取り戻そう。
1)腰を反らす体操
両手をお尻に当てて骨盤を前に押し込み、後ろにずれた髄核を正しい位置に戻す体操。緊張して凝り固まった筋肉をほぐし、血流を促す効果もある。
① 両足を肩幅より少し広めに広げて立ち、両手をお尻に当てる。膝を曲げず、あごは引く
② 息を吐きながら骨盤を前に押し出し、「イタ気持ちいい」と感じるところまで腰を反らせる
③ ②の姿勢を3秒間キープし、ゆっくりと上体を元に戻す
予防するなら 3秒×1~2回
治療するなら 3秒×10回
注意! 体操中にお尻から太もも以下に痛みが響く場合は 中止し、整形外科を受診しよう
2)腰を横に曲げる体操
片足に重心をかけて立つ、足を組むなどの癖により、体の左右のバランスも崩れがちだ。そこで上体を左右に曲げることで、ゆがみを直す体操。
① 壁に対して横向きに立ち、壁側の手のひらから肘までを肩の高さに上げて壁につく
② 両足を最初の位置から2倍くらい離れた位置に移動し、もう片方の手を腰に当てる
③ 息を吐きながら、ゆっくりと上体を「くの字」に曲げていき、5秒間キープ。バランスを崩さないように、ゆっくりと元に戻る
2〜3日に一度左右で 5秒×5回
3)ハリ胸プリけつ
物を持ったり、持ち上げたりするとき、無防備に前にかがんで骨盤が後傾すると、腰を痛めやすい。重量挙げ選手がとるような姿勢を身に付けて腰を守る体操。
① 両手の中指を肩に当てて胸を張る(ハリ胸)。肩に手が届かない場合は、胸の上の方に手を当てる
② 息を吐きながら、背中や腰を丸めないように上体を前に傾け、お尻を突き出す(プリけつ) ※物を持ち上げるときは、この姿勢で膝を曲げましょう
深呼吸するペースで 5秒
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