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テーマ別誌上セミナー 日本経済への追い風となるか?逆風となるか? トランプ政権の経済政策を読み解く

トランプ政権が発足して半年が過ぎたが、日本の新聞やテレビがトランプ大統領のニュースを扱わない日はない。トランプ政権は日本経済や中小企業にどのような影響を及ぼすのか。双日総合研究所チーフエコノミストの吉崎達彦さんに聞いた。

吉崎 達彦(よしざき・たつひこ)

双日総合研究所 チーフエコノミスト

吉崎 達彦(よしざき・たつひこ) 双日総合研究所 チーフエコノミスト 昭和35年富山県生まれ。一橋大学社会学部を卒業後、日商岩井(現・双日)に入社し、ブルッキングス研究所客員研究員、経済同友会代表幹事秘書などを経て現職に就く。著書に『アメリカの論理』『1985年』『気づいたら先頭に立っていた日本経済』(新潮新書)など

空騒ぎが続いた半年間

吉崎さんは半年過ぎても“人気”が落ちないトランプ現象を「不思議」だと感じている。

「8年前のオバマ大統領の大統領就任演説は深夜(日本時間)に行われテレビで10%もの視聴率を記録しましたが、3月にはほとんど話題にならなくなった。それが普通だと思うのですが、トランプ大統領の場合、半年が経過した今も一挙手一投足に関心が集まっています。では大統領が驚くような政策を実行しているのかというと、そうでもなく本人も周囲も『空騒ぎ』をしている印象を受けます」

メキシコ国境に壁をつくる、イスラム圏の市民の入国を制限するといった世界をあきれさせた公約。その実行は議会や裁判所に抑えられているが、それが経済に影を落としているというわけでもない。

「ニューヨークのエコノミストはトランプ政権は『経済にはプラスだ』と評価しています。プラスの理由には三つあって、一つ目は公約に掲げた減税やインフラ投資を実行してくれるのではないかという税制・財政に対する期待感です。二つ目は規制緩和。これは共和党系の人材を各部門のトップに据えておけば、自然に緩和方向へ向かうでしょう。三つ目はアニマル・スピリッツ(非合理的な動機や期待)を喚起したことだと言うのです。三つ目は理屈になっていないと思ったのですが、株価などはその通りで、大統領府と議会は共和党が握っているのでオバマ政権時代と違い、法律が通る。おかげで経営者マインドが活性化するという理屈をアニマル・スピリッツと表現するのなら、そうですね」

白人貧困層が支持する理由

アップルやグーグルといったシリコンバレーの企業群は大統領に批判的だ。だが、支持者はそこで働くエリート層の白人や高いスキルを持った移民層ではなく、ラストベルト(さびついた工業地帯)製造業のようなオールドインダストリーで働く従業員である。

「トランプ支持者がどういう人かを描いた『ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち』(J・D・ヴァンス著)という本があるのですが、大統領を支持するのは、まさにヒルビリー(田舎者)とさげすまれるスキルの低い白人たちで、仕事を移民に奪われ貧困にあえいでいます。この状況を変えられるのはトランプしかいないという追い詰められた気持ちで支持したのでしょう。大統領には彼らの長年のルサンチマン(弱者の憎悪やねたみ)を背負っている部分があると思う。だから今まで考えられなかったことが起こっているのです」

日本はTPP11を推進すべし

トランプ大統領の政策は世界にも影響を与えている。吉崎さんには「選挙戦では過激に振る舞っていても、大統領に就任すれば普通に振る舞うのだろうという気持ちが3割くらいはあった」という。その期待を打ち砕いたのが、政権が発足して3日後にTPP(環太平洋経済連携協定)から永久に離脱するとした大統領令に署名したことだ。

「TPP離脱は手を付けやすい公約だったのでしょう。もう一つの重要公約である医療保険制度改革法(オバマケア)の代替法案の成立は困難を極めていますが、大統領はこだわり続けている。おかげで税制改正やインフラ投資のようなマーケットが望む課題に取り組めない。筋の悪いやり方をしているな、という印象です」

TPPの旗振り役だったアメリカが離脱すると、世界経済の4割を占める巨大貿易圏構想が頓挫する。

「TPP離脱はアメリカにとっては明らかに損な選択です。分かりやすい例では牛肉の関税問題があります。日本の輸入牛肉の関税はオーストラリア産の方がアメリカ産よりも安く、アメリカの畜産業者からは何とかしろという声が上がっています。TPPにサインをすれば解決する話なのですが、大統領はマルチ協議(多国間交渉)は良くない、バイ協議(二国間交渉)なら良いという考え方にとらわれています。それでいて日米FTA(自由貿易協定)協議を始める準備はまったく整っていないし、それよりも優先度の高いカナダ・メキシコと結んでいるNAFTA(北米自由貿易協定)の見直しが間もなく始まる。バイ協議が始まるまでに相当な時間が掛かるのであれば、日本は米国抜きの11カ国によるTPP、いわゆるTPP11をセカンドプランとして進めておくべきでしょう」

TPP11はアメリカとの貿易拡大を期待するベトナムやマレーシアには魅力が薄いだろうが、「あれだけ苦労した合意がゼロになるのはあまりに残念です。アメリカが抜けるのは確かに痛いのですが、ゼロになるよりはいい。11カ国でも規模としてはそこそこ大きいし、TPPには新しい時代のルールづくりという側面もあるので、続ける値打ちは十分ある。TPP11がまとまってアメリカ抜きでもマルチ協議が進展することを示せば、アメリカも冷静になって戻るかもしれません。その意味でも日EU・EPA(経済連携協定)交渉により、自由貿易やマルチの重要さを示すことを期待しています」

日本にとってEUは中国、アメリカに続き第3位、輸出入総額の約10%を占める貿易相手だ。投資先としてはアメリカに次ぐ第2位であり、日本への投資元としてはEUは第1位になる。吉崎さんの期待通り、日EU・EPAは大枠で合意し、7月7日からドイツで開催された20カ国・地域(G20)首脳会合の場で、自由貿易を推進する姿勢を示すことができた。

そのG20を1カ月後に控えたタイミングで、アメリカは地球温暖化対策の推進を目指すパリ協定からの脱退を表明した。吉崎さんは「影響はそれほど大きくない」と楽観視している。

「発効後3年間は脱退を通告できません。そうすると次の大統領選挙にかかり、脱退の実質的な意味は薄いでしょう。アメリカ企業が環境ビジネスに出遅れるという指摘がありますが、グローバル企業は独自に対応するでしょう。また州単位でも関心は高く、カリフォルニア州のように独自基準でCO2削減を目指すところもあります。脱退は大きなニュースになりましたが、それほどの大事件とは思えません」

アメリカファーストを貫く

トランプ大統領はツイッターでは威勢がいいが、就任から半年間、ほとんど実績を残せていない。だが、「アメリカファースト」の姿勢だけは貫くと吉崎さんは今後を占う。

「大統領の周辺にはバノン(首席戦略官・大統領上級顧問)を中心としたポピュリストグループと、クシュナー(上級顧問)を中心としたリアリストグループがいます。そのためすべての政策が極端な方向というわけではなく、両者のバランスの上で決められています。大統領が譲らないのは支持者の共感を集めた『俺たちは常に損をしてきたが、これからは違う』というアメリカファーストの主張です。

ただ大統領の頭の中は1980年代で止まっているようです。見直しを要求しているNAFTAは、自動車産業の立場で考えると素晴らしい試みでした。NAFTAの中には世界最大の自動車市場と強い自動車会社があり、安い労働力があった。その結果、アメリカの自動車産業が繁栄した。雇用の部分ではメリットが薄いのかもしれませんが、国民は性能の良い自動車を安く購入できるようになった。このように大きな枠組みの中で結果を評価するのが今の経済学なのに、大統領の考えは取引には必ずウイナー(勝者)とルーザー(敗者)がいるという不動産業的な発想です。そこに限界がある」

トランプ政権は先行き不透明

トランプ政権に変わったことで、日本にはどのようなメリットとデメリットが生じたのだろう。

「アメリカ経済が活気づいていることはメリットです。日米FTAの話はデメリットですが、協議開始までにまだ時間があります。経済が活気づいて株価が上昇し、その結果としてドル高(由来の円安)が続けば、日本には悪くない環境です。デメリットは、不透明性が増してきたこと。トランプ大統領が何を言い出すのかまったく読めない。半年たっても日本人の興味が尽きないのは、不透明さのせいもあるでしょう」

はっきりしていることは、大統領が何を言おうと「世界は多極化へ向かう」ことだ。極の中心となるのは日本、アメリカ、中国、EU。アメリカ一極時代の日本は、兄貴の動きに追随していれば良い弟分だったが、今後は自分で考えて「選択肢を増やしていかなければならない」と、吉崎さんは指摘する。

「ドイツもフランスもアメリカ離れを志向しています。日本は安全保障上は日米同盟を守りつつ、経済面ではいろいろな形で保険を掛ける必要があります。保険とはTPP11の推進や日中協力の深化です。例えば中国主導で設立されたAIIB(アジアインフラ投資銀行)と日米主導のADB(アジア開発銀行)の協力、中国が進める一帯一路構想への日本企業の参加というようなことですね」

安倍首相はうまく動いた

トランプ政権が打ち出す政策や行き着く先は不透明だが、4年の任期を全うするだろうと吉崎さんは予測する。大統領はロシアとの不透明な関係への疑惑「ロシアゲート」の洗礼を受けていて、政治生命は風前のともしびのように見えるが、「仮に確固たる証拠があったとしても、ロシアが協力しなければ疑惑のままで終わります。ロシアはトランプ政権が倒れることよりも、アメリカ国内が混乱して、民主主義の基盤である選挙に対する国民の信頼が落ちることを望んでいるので、捜査に協力をするはずがない。ロシアゲート疑惑は大統領にとって命取りのように見えて実はそうではないのです。捜査を担当していたコミーFBI長官の解任が司法妨害にあたるという指摘がありますが、大統領を弾劾する理由としては弱すぎる。アメリカで過去に弾劾された大統領はいないわけですから」。

大統領とアメリカメディアは死闘を繰り広げているように映るが、両者の闘いの本質は「プロレスのようなもの」と吉崎さんは見抜く。

「大統領は相手にも見せ場を与えるような闘い方をしている。両者の応酬を真っ正直に受け止めてはいけません」

一方で、安倍首相と大統領の関係はプロレスでもフェイクでもないらしい。それは日米の安全保障にも経済にもよいことだ。

「大統領選直後の昨年11月17日、安倍首相は誰よりも早くニューヨークのトランプタワーを訪ね、2月の日米首脳会談ではゴルフを楽しんだ。そして政策の話はペンス副大統領や閣僚が行うこととした。他国の首脳は安倍首相のうまい付き合い方に驚いたと思います。また安全保障スタッフにティラーソン国務長官、マティス国防長官、マクマスター補佐官という実務家の閣僚、補佐官がいることも安心材料ですね」

リスクは回避より管理する

だが、トランプ政権により不透明性が増し、地政学リスクが高まったことは「中小企業にとっても大きなマイナス」と吉崎さんは言う。地政学リスクはこれまで北朝鮮の核・ミサイル開発問題のような政治的な不安定を指してきた。だが近年は、「政治の予見可能性が低くなっている」ことも、地政学リスクと捉えるようになった。

「世界全般で政策の予見可能性が下がっていることは中小企業にとっても悩ましい。アメリカの経済学者フランク・ナイトはリスクと不確実性をはっきり分けました。首都直下型地震のような計算できるものはリスクであり、管理できる。リスクは回避するのではなく管理すべきです。他方、不確実性は管理ができません。トランプ政権の存在は不確実性を生んでいますが、経営者は本来、不確実性に向き合うべきで、逃げられない」

しばらくは大企業も中小企業もトランプ政権の不確実性に苦しむことになるだろうが、「(体力差により)苦しみは中小企業の方がより大きいと覚悟すべきです」と、吉崎さんは結んだ。

だが、悲観する必要はない。中小企業経営者は覚悟を従業員に示すことで、不確実性に一丸となってあたる体制をつくることができる。ピンチにこそ、チャンスがある。

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