人口10万以上の「大都市」が連なる、ドイツ西部のルール地方。かつての主力産業は鉄鋼と石炭で、100年以上にわたりドイツ(西ドイツ)経済の牽引役となってきたが、産業・エネルギー構造の転換により、多くの炭鉱・工場が閉鎖されるなど、産業の空洞化に悩んできた。
世界遺産登録で来訪者が急増
この地域で1990年代から積極的に推進されているのが「産業観光」。工場・炭鉱跡や港湾といった「産業遺産」を従前の姿を残したまま博物館やイベント会場として活用し、地域の「工業文化」を体験する場所として観光の目玉にしようという取り組みだ。
ルール地方の特徴は、工場や都市単位ではなく、地域全体として産業観光の振興に取り組んでいること。いわゆる「広域観光」だ。例年6月下旬の週末には一斉に「エクストラシヒト―工業文化の夜―」というイベントが行われ、14回目となる今年は6月28日の18時から翌午前2時にかけて、域内20都市・50会場で、2000組の芸術家・パフォーマーたちが参加して実施された。入場券は全会場出入自由で18ユーロ(前売り15ユーロ)。開催当日朝から翌午前7時まで、特急などを除く地域の鉄道・路面電車・バスが全て乗り放題となる特典もついている。公共交通の利用を促進し、自動車の利用による混雑・混乱を抑制するための措置だ。
ルール地方の中心にあるのが、人口57万のエッセン市。近隣のデュイスブルクやドルトムントとともに、ドイツを代表する工業都市の一つだ。一方で、「買い物のまち」としても有名な商業都市でもある。2010年にはEUの文化首都に選定され、市内で数多くの行事が行われた。
エッセンの中心市街地からトラム(路面電車)で約15分のところにあるのが、ルール地方における産業観光の中心地ともいえる炭鉱跡「ツォルフェライン」。1986年に炭鉱としての使命を終えた後、州・連邦・EUなどの支援により博物館・イベント会場として再整備された。ツォルフェラインへの来訪者数は2000年には年間約3万人だったが、2001年の世界遺産登録以降急増。現在では年間約150万人がここを訪れている。
国際化にかかる期待
産業観光を中心とした広域観光の取り組みは地域経済にプラスの影響を与えているが、エッセン市の失業率は13%台と旧西ドイツ地域内では高いレベルにあり、今後も人口減少が続くと予想されている。しかし、この地方の「産業観光」の特徴をもう一つ挙げるとすれば、来訪者の多くがドイツ国内居住者であるという点だ。ツォルフェラインの場合、8割がドイツ、残る2割のほとんどが近隣西欧諸国からの来訪者であり、まだこの地域の産業観光が国際的なものになっているとは言い難い。それは、エクストラシヒトの案内冊子がドイツ語版しか用意されていないことからも伺える。今後、外国からの訪問者が増加すれば、この地域は世界的に有名な「産業観光の集積地」としてさらなる飛躍を遂げるであろう。
遠藤俊太郎/カッセル大学(ドイツ)
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