日本におけるインターネット通販の普及から十数年。IT分野の市場調査会社、MM総研の推定によれば、その市場規模は16兆円に迫り、国内消費全体の5・6%を占めるという。さらに一般医薬品のネット販売解禁、スマートフォンの普及などの要因により平成27年度には20兆円を超える見通しである。
ほとんどの商品がネット通販によって、豊富な品揃え数の中から、安く、便利に購入できるようになりつつある今日、実店舗が果たすべき役割・存在価値が問われている。「店だからできること」「店でしかできないこと」を取材する中、そこに一つの共通点を見つけた。
まちゼミで活路
「皆さん、通販で注文されたり、大手のショッピングセンターへ出掛けられたり……。客数は減るし、売上は上がらないし、やめるかやめないかの瀬戸際でした。でも、もう一回やってみようと全エネルギーをつぎ込んだのが万年筆でした」
そう語るのは、愛知県岡崎市で文具店「ペンズアレイタケウチ」を営む竹内さちよさんだ。万年筆に代表される高級筆記具に特化することで、「書く」ことのアナログな楽しみを広めようと、専門書を読みあさり、メーカーへ問い合わせて万年筆の種類や構造を徹底的に勉強した。
その専門知識をお客に伝える場として効果を発揮したのが「まちゼミ」こと、「得する街のゼミナール」だった。これは店主やスタッフが講師となり、プロならではの専門知識や技術を無料で、少人数の受講者(お客)にゼミナール形式で披露する個店活性化策で、平成14年に岡崎で始まり、今では全国およそ150の地域で実施されている。
同店のまちゼミのテーマは「初心者のための万年筆講座」。自分で部品を組み立てて万年筆をつくる過程を通じて仕組みを学び、また太さの違う万年筆の書き味を試してもらったり、好きなインクを選んで書いてもらったりすることで、「書く」ことの楽しみを伝えている。こうした取り組みのおかげで、今では「万年筆ならタケウチ」が地域の共通認識となり、5000円以上の筆記具を年間600本も販売する。
学校という名の店
日本一視察者の多い商店街として知られる高松丸亀町商店街にある地元特産品のセレクトショップ「まちのシューレ963」では、いつも何らかのイベントが開催され、地域の生活者でにぎわっている。ちなみに店名のシューレとはドイツ語で「学校」という意味。ここに同店のコンセプトが込められている。
「生活に密着した文化や伝統といった、地元の人にとって身近すぎて見えなかったものを再評価してほしい。そんな店にしたいと、地元の作家や職人がつくったものを揃えています」と話すのは、同店を経営する讃岐ライフスタイル研究所の水谷未起さんだ。
こうした地元商品の良さを伝え、職人や作家との交流を図るため、店内ギャラリースペースでは作品展、併設のカフェではトークイベント、テラスでは地元生産者を集めたマルシェなど、顧客とつくり手、つなぎ手である同店のスタッフが交流して共に学び合う。「ネット通販なら価格比較が簡単で、クリック一つで明日届く便利さはあるけれど、商品に関する知識や知恵は、対面で販売する自分たちだからお客さまにお伝えできる。地元のものをちょっと手間をかけて使ってみるだけで、素晴らしい体験ができるのです」(水谷さん)
これらの店には、人が集い、共に学び、体験できる価値がある。ネット通販急成長の今だからこそ、実店舗の持つ「場」の力、そこにいる店主、従業員の「人」の知識や魅力を実はお客は求めている。
(笹井清範・『商業界』編集長)
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