モノの購入やサービスの提供の対価としてクレジットカードや電子マネーなどで決済するキャッシュレス化が加速している。そこでキャッシュレス推進協議会の福田好郎さんにキャッシュレス化の意義、現状と将来像などを聞くとともに、推進している二つの商工会議所の取り組みを紹介する。
総論
福田 好郎/一般社団法人キャッシュレス推進協議会 事務局長 常務理事
産学官関係者が参加してキャッシュレス社会を目指す
2018年の訪日外国人旅行者数(以下、訪日客)が初めて3000万人を超えた。19年以降はラグビーW杯、東京五輪・パラリンピック、大阪万博と世界規模のビッグイベントが続くことから、政府が目標とする20年4000万人、30年6000万人という数字も現実味を帯びてきた。
訪日客をスムーズに受け入れる施策の一つとして、支払いの利便性を高めて現金決済に慣れていない外国人客の旺盛な需要を取り込む「キャッシュレス決済」の整備が進んでいる。経済産業省はこれまでキャッシュレス決済比率を27年までに40%まで高めるとしてきたが、18年4月に示した「キャッシュレス・ビジョン」では2年前倒しするとともに、将来的には世界最高水準に並ぶ80%を目指すというKPI(重要業績評価指標)を設定した。
経産省がキャッシュレス決済を推進する目的は、訪日客に便宜を図ることだけではない。キャッシュレス社会実現に向けた取り組みの推進母体として18年7月に設立された産学官からなる「キャッシュレス推進協議会」事務局長の福田好郎さんによると、「社会の効率性を上げる」ことが大きな目的だという。
そのためには、「キャッシュレス・ビジョン」によれば、キャッシュレスを推進することで、①実店舗などの無人化省力化、②不透明の現金資産の見える化、③流動性向上、④不透明な現金流通の抑止による税収の向上につながり、さらには⑤支払データの利活用による消費の利便性向上や消費の活性化が図れるとある。「特に①は人手不足に悩む業界や経営者には大きなメリットとなります。キャッシュレス化を図ると最も神経を使うレジ作業が簡単になり、店員がお金を受け取る手間が省け、レジの回転率が上がり、おつりの間違いがなくなります。営業時間終了後の『レジ締め作業』も不要になるので、盗難リスクも軽減できます」(福田さん)
だがこれまでは、キャッシュレスを推進しようにも、監督官庁とキャッシュレス・プレーヤーである業界団体、個別企業、消費者が一堂に会して話し合う場がなかった。また、クレジットカードは経産省、デビットカードやプリペイドカードは金融庁というように、管轄する省庁が複数にまたがっており横串が通っていなかった。そこで中立の立場の同協議会が「平場で話し合う場」を提供することで、キャッシュレス推進に勢いをつけようとしている。キャッシュレスの対象は大規模店やチェーン店だけではなく、地域に密着した個店にも及ぶ。ただ現状では、個店経営者の声は届きにくいため、「個店の声をキャッシュレス・プレーヤーに届けることが課題と受け止めている」と福田さんは話す。
支払いのタイミングで種類は三つに分類される
キャッシュレスによる支払い手段には、どのような種類があるのだろう。図2を見ていただきたい。商品・サービスの購入に用いられる代金をいつ支払うのかという視点で分けると、プリペイド(前払い)、リアルタイムペイ(即時払い)、ポストペイ(後払い)の3種類になる。プリペイドにはSuica、ICOCA、Edy、WAON、nanacoのような電子マネー、リアルタイムペイには銀行系(J-Debit)、国際ブランド系(VISAデビットなど)のデビットカード、ポストペイにはクレジットカードなどの商品がある。それぞれの比率は図3で分かるように、クレジットカードが圧倒的に高い。
昨年100億円プレゼントで話題となったQRコード決済は、支払時にスマートフォンを使うため、モバイルウォレットに分類されている。リアルタイムペイの中にあるが、プリペイドやポストペイにも対応している。同じくモバイルウォレットにあるNFC(近距離無線通信)は国際標準の無線通信規格に準拠した非接触決済の技術のことで、近年のスマートフォンに内蔵されている。Apple Pay、Google Payなどは、NFCを使ったモバイル決済サービスで、クレジットカードや電子マネーを登録して使う。
キャッシュレス決済の方式が1、2種類であれば、現金決済との置き換えは難しくないだろうが、これほどの種類があると、「店側では、新しい決済方式に対応するたびに契約の手間やシステム改修の費用が発生します」(福田さん)。それがキャッシュレス推進の妨げの一因となる。それでも資金力やマンパワーのある百貨店、大手スーパー、コンビニ、ファミレスのような多くの大規模店では、どのクレジットカード、どの電子マネーでも使えるようになったが、個店が同じ体制をとることは難しい。
「消費者も生活圏にある大半の店で使えなければキャッシュレス決済に興味を持たないし、仮に半数の店が使えたとしても、残り半数は現金決済のため現金を持ち歩かなければなりません。するとキャッシュレス決済対応店でも現金を使うことになり、消費者側の対応も進みません」(福田さん)
協議会としては、まずは方式を問わずにキャッシュレスを推進する一方で、標準化できるものは標準化していく姿勢だ。「例えば同じQRコード(2次元バーコードとも呼ばれる)を使いながら、各社間で互換性のないものが使われているQRコード決済の標準化。現在、技術的、業務的仕様の標準化を進めており、3月末までにガイドラインを公表する計画です」(福田さん)。ただQRコード決済には、(a)客がスマホ画面にQRコードを表示し店側が読み込む、(b)店が画面でQRコードを提示し客側がスマホのカメラで読み込む、(c)客が店頭の商品などに掲示されたQRコードを読み込むという三つのタイプがある。決済の部分だけを取り出すと、現金での支払いに比べて格段に便利というわけではない。それでもQRコードの標準化から手をつけたのには理由がある。
「今はまだ普及し始めた段階にあり、仕様を変えても影響が及ぶ範囲が狭いことに加え、導入コストがクレジットカードや電子マネーに比べて低い。また、企業間競争が激しいため手数料も下がっていて、導入しやすいためです。QRコード決済をきっかけにキャッシュレスの良さを実感してもらうことで、キャッシュレスの普及に弾みをつけたい」(福田さん)
キャッシュレス決済の最大の障害は手数料
キャッシュレスの課題としては、導入時に負担する支払端末の導入コスト、端末設置のスペースコストや回線引き込みの費用が挙げられる。運用が始まると店が決済事業者に支払う決済手数料の負担、売上票(利用控え)の交付といった手間、そして売り上げが立ってから資金化されるまでのタイムラグ(クレジットカードでは一般に半月から1カ月)が生じることなども課題である。
この中で大きな障害となるのは手数料だろう。一般にクレジットカードの手数料は2~8%(NTTデータ経営研究所調べ)である。
一方、小売業のもうけを示す売上高経常利益率を2017年版「中小企業実態基本調査」を元に計算すると、2・42%(宿泊業・飲食サービス業は2・56%)にとどまる。これでは利益が手数料で吹っ飛んでしまう。
とはいえ、現金決済のコストがゼロというわけではない。現金決済であれば決済手数料は発生しないが、現金の管理やレジ締め作業といった人手が必要な作業が発生するからだ。
社会が負担する現金決済インフラを維持するための直接コストは年間約1兆円を超えるという試算もあることから、キャッシュレス化は「社会の効率性を上げる」ことにも貢献する。
キャッシュレス化によって客の消費行動を正確に捕捉することができるようになり、精度の高いマーケティングが可能になるというメリットもある。いわゆるビッグデータの活用だ。
消費税引き上げを控えた国の後押しも期待できる。経産省の「キャッシュレス・消費者還元事業」(19年度予算案2798億円)だ。
消費税引き上げ後の19年10月1日から9カ月間に限り、消費者が小売店などでキャッシュレス決済をすれば個別店舗は5%、大手コンビニエンスストアなどFC加盟店は2%のポイントを消費者に還元する(前提として決済事業者は中小・小規模事業者に課す加盟店手数料を3・25%以下にしておく必要がある)。決済端末導入補助として端末など導入費用の3分の2を国が補助(3分の1を決済事業者が負担)、決済手数料の補助として加盟店手数料の3分の1の補助なども行う。
キャッシュレス時代は確実に到来する。そうなるとキャッシュレス決済に対応していない店は、客の選択肢から外れてしまう。国の補助が期待できる19年は、キャッシュレス化に踏み出す絶好の機会といえそうだ。
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