政府はこのほど、「令和2年度経済財政白書―コロナ危機:日本経済変革のラストチャンス―」を発表した。同白書では、新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、テレワークなどの柔軟な働き方の広がりやネット通販、動画配信といった電子商取引の利用が拡大したことを挙げ、わが国経済の立て直しには、こうしたデジタル技術の定着が必要としている。一方、IT人材の不足と一部業種への偏りも指摘。IT人材の育成と偏りの是正が必要かつ急務としている。特集では、白書の概要を紹介する。
第1章 新型コロナウイルス感染症の影響と日本経済
第1節 感染症流行下のわが国経済の動向
(マクロの動き)
〇感染症の影響により、わが国および米欧の実質GDPは4~6月期に大きく減少。GDPの減少は、リーマンショックなどの例と比べても大きく、変化も急速。中でも、自粛や休業によって人為的に抑制された個人消費の下落が顕著。輸出も海外発のショックであったリーマン時に迫る大幅な減少。
〇月次で景況感を比べると、今回は、東日本大震災時のように急落、急反転したが、下落幅はより深い。
(外出自粛と感染者数の関係)
〇外出率を示すGoogle mobility index(レストラン、カフェ、ショッピングセンター、テーマパーク、博物館、図書館、映画館などの小売り・娯楽施設)の変化と新規感染者数の変化の間に、統計的な因果関係があるかどうか検定。有意な関係を確認できたのは、第1期(2月15日~5月31日)の「新規感染者数変化」↓「外出率変化」のみ。第2期(6月1日~9月1日)では、両者の間に因果性は見いだせない。なお、年初来の人口比で見た累積死亡率は1・2程度と、欧米諸国の数十分の1に抑えられている。
第2節 賃金物価の動向と財政金融政策
(デフレリスクと資金繰り対応)
〇雇用者数の前年差を見ると、パート・アルバイトなどを中心に非労働力化が顕著。
〇1年後の企業の販売価格見通しはマイナス、物価の下押し圧力に注意。こうした中、企業が見た貸出態度判断はリーマンショック時よりも大幅に緩和的。実態面でも、銀行貸し出しは運転資金向けが2桁の増加。
第3節 感染症の経済への影響と今次景気循環の検証
(2013年以降の循環的な特徴)
今次の景気拡大期では、2013年以降、雇用↓所得↓消費↓生産↓雇用といった国内の好循環が成長を支えた。この間、人口減少が進む中にあって、女性と高齢者の就業が大幅に増加し、実質雇用者報酬の平均増加率も1・2%と過去と比べても高い伸び。その結果、マクロの所得増がもたらされ、内需が増加すると同時に、外需の弱さが波及しにくい構造となっていた。
第2章 感染症拡大の下で進んだ柔軟な働き方と働き方改革
第1節 感染症拡大の影響を受けた労働・生活環境と働き方の変容
〇労働時間の減少要因は、残業時間を含む「1日当たり労働時間要因」に加え、5、6月は休業を含む「出勤日数要因」。6月以降、経済活動の再開により前年差の減少幅は縮小。
〇この間、テレワークが普及。アンケートによると、自らの仕事は「テレワークできない職種」と回答した者について、テレワークをしたことがある者としたことがない者に分けると、テレワーク非実施者の方が「できない」と答える傾向。業種によって異なるが、経験の有無が結果に影響。テレワーク実施はまだ増やせる可能性がある。(図1)
第2節 働き方改革の進捗
(労働時間管理、同一労働同一賃金)
〇企業調査によると、有給休暇(有休)取得促進に向けて実施率が高い取り組みは、定期アナウンス。残業抑制策では、管理徹底。同一労働同一賃金に向けた取り組みは、今年度から制度が適用された大企業において「業務内容の明確化」が5割、「給与及び諸手当の見直し」が3~4割程度。実施結果の一端は、パートタイム労働者の特別給与に発現。夏の一時金支給割合の上昇を反映した動きが見られる。
第3節 働き方改革の効果検証
〇働き方改革の各種の取り組みについて、労働時間や生産性、採用などへの効果を分析。
〇有休取得促進の取り組みの場合、「取得日数目標の設定」を行った企業群では、行わなかった企業群に比べ、取得日数が増加し、労働時間が減少。
〇残業時間抑制の取り組みの場合、「残業時間の結果の公表」を行った企業群では、行わなかった企業群に比べ、残業と正社員の労働時間が短く、非正規の労働時間が長い。正社員への残業集中が緩和されて、平準化の動きが生じたと見られる。
〇同一労働同一賃金に向けた取り組みについては、「非正規雇用に対する人事評価制度を導入」した企業群では、そうでない企業群よりも、女性の登用が進んでおり、高齢者の雇用も多い。
第3章 女性の就業と出生を巡る課題と対応
第1節 女性の就業と子育てを巡る現状と課題(労働参加率の国際比較、国内比較)
〇わが国の女性の参加率は2013年以降に上昇。(図2)「6歳未満の子どもがいる女性」と「いない女性」の就業率を各国と比べると、前者は10ポイント(フランス)~16%ポイント(英国)程度低い。わが国の18年推計値では、14%ポイントと比較諸国と同程度。
〇国内地域間で女性の就業率を比べると、全地域で上昇しているが、水準には差。就業率の地域差は、子どものいる女性の就業率の差が主要因で、この傾向は30歳以降で顕著。
(育児支援の効果)
〇世帯同居などにかかわらず就業希望を実現できるよう、保育所などの定員数は大幅拡充、待機児童数も減少傾向。同時に、育児休業制度も活用されており、育児休業給付受給者数も増加。ただし、男性の育児休業取得者割合は極めて低い水準。(図3)
〇継続就業を促しながら、出生率を維持することも課題。わが国以外でも、合計特殊出生率は伸び悩んでいるが、就業率が高い国・地域では高い傾向。先行研究によると、働きやすい環境と子どもを産みやすい環境が各々整備されたことで両立。就業は出生率にマイナスではない。
第2節 女性の継続就業と結婚・出産を巡る現状と課題(継続就業のポイントと課題)
〇女性の継続就業の分かれ目は結婚や出産。この点、結婚退職は減少傾向だが、第1子出産で3割が退職を選択。出産に際し、正規職員とパート・派遣間では継続就業率に大差。女性の正規化支援と、非正規雇用の育児休業などの普及・処遇改善が必要。
〇既存研究でも、夫の家事・育児時間を促せば第2子以降の出生にプラス効果があると指摘。今回の感染症拡大では、夫婦間の家事・育児の役割分担に変化もあり、夫の役割が増加した世帯が25%超。こうした動きを促すことが必要。(図4・5)
第4章 デジタル化による消費の変化とIT投資の課題
第1節 デジタル化による消費の変化
(感染症拡大前後のEC市場の拡大)
〇感染症拡大以前より、EC(電子商取引)市場は年率約8%で拡大。(図6)わが国のEC普及率は4割程度だが、感染症拡大後、緊急事態宣言をきっかけとしてEC利用率は高まり、足元の増加テンポが続けば、欧米並み(8割)に達するまで1年程度。これまで、ECの担い手は、世帯主年齢が30~40代の若・中年世帯だったが、感染症拡大後の最近の動きを見ると、50代以上の中高年世帯が大きく増加。これには同居家族の支出も含まれるが、感染症への感度の高い高齢層のEC消費へのシフトが発生し、7月も増加寄与。
第2節 「新たな日常」に向けたIT投資とその課題
(投資の現状)
〇人手不足を背景に、省力化に向けたIT投資の必要性はこれまでも指摘されてきたが、ソフトウエア投資を含む無形資産は増加してきたものの、他の先進国に比べると見劣り。
〇企業調査における省力化投資の取組開始時期を見ると、現場の省力化投資は大企業でも6割強が取り組みなし。比較的取り組みが進んでいるバックオフィスの省力化投資も、中小企業を中心にまだ取り組んでいない先が多く、全体でも6割弱が取り組んでいないなど、今後の拡大余地は大きい。
(公共部門のIT化と人材再配置)
〇感染症で明らかになったのは、わが国(教育・行政)の投資不足とIT化の遅れ。教育現場のIT化は45カ国中32位、行政は30カ国中最下位。
〇不足するIT人材の配置を見ると、米国に比べてIT産業に集中(7割以上)。他分野、とりわけ公的部門に従事するIT人材の割合は、米国(10・7%)では、わが国(0・8%)の13倍。「新たな日常」に向け、投資拡大や人材育成だけでなく、人材配置の見直しにより、IT化の遅れを取り戻すべき。