宮崎県日向市
船乗りに正確な地図と羅針盤が必要なように、地域づくりに客観的なデータは欠かせない。今回は、日向灘に面し、宮崎県有数の工業地帯として知られる日向市について、まちの羅針盤(地域づくりの方向性)を検討したい。
強い化学、高付加価値なサービス業が弱い
日向市の地域経済循環(生産↓分配↓支出と流れる所得の循環)は、財政移転や民間消費額の流入で域外から所得を稼ぐが、域際収支が大幅なマイナス(地域の貿易収支が赤字)のため、地域に所得が残りにくい構造となっている。
地域生産額の2割を占める化学という強い移輸出産業がありながら、域際収支が赤字の理由はなにか。
工業都市として、生活に必要なサービス(小売業や保健衛生・社会事業(医療や介護)など)は相応の基盤があるものの、暮らしを豊かにして地域に付加価値をもたらすサービス(「専門・科学技術、業務支援サービス業」「卸売業」など)が育っておらず、域外からの移輸入に頼らざるを得ないことが最大の要因だ。
化学と同様に食料品を含む第1次(関連)産業も移輸出産業化しており、産業基盤の足腰は強い。ただ、高付加価値なサービスがない、それが数字から見えてくる現状である。
現在、日向市の地方創生総合戦略でサーフィンを活用したまちづくりが位置付けられ、サーフタウン構想「リラックス・サーフタウン日向」プロジェクト(以下、「サーフプロジェクト」)が進められている。サーフィンを切り口に人を呼び込み、豊かな自然に触れてもらい、定住につなげようとする計画だ。2016~19年度の累計で237人の移住者を獲得、全員がサーファーか不明だが、地域のイメージが向上していることは間違いない(なお、21年1月1日時点でGoogle検索にサーフィンと入力すると検索候補筆頭に日向が表示される)。
人を引き付けるフックの多様化を
ただ、総人口の減少はとどまる気配はなく(2015↓2020年:6万3000↓6万1000人)、サーフプロジェクトをさらに推進し、バージョンアップすることが必要ではないか。
具体的には、サーフィンで呼び込んだ人に、豊かな自然だけでなく、地域に眠るさまざまな資源を活用し、より積極的に満足を与えていく、そのためのサービス(を提供する事業)を増やすことだ。呼び込んだサーファーが、次に日向市を訪れる際、サーフィンに興味がない人も誘えるような、当市ならではのコンテンツを開発することが求められる。
域内資源の活用と地場サービス業の育成によって域際収支が改善されるのみならず、サーフィン以外の多様な訴求力が創出されて人を呼び込む間口の拡大にもつながるのだ。
日向市には強い第1次産業があるが、域内資源はそれに限らない。福島県会津若松市の七日町通りでは、歴史的建築物の外観をあえて昔の風情に戻すこと(修景事業)で、地域ににぎわいを取り戻した。島根県江津市では、ビジネスプランコンテスト「Go-Con」を継続することで地場サービス業の土壌を再興し、一度は廃れた駅前に民間主導でホテルを建設するまでになった。いずれも域内資源を活用して新たに満足を提供するサービス(サティスファクション)を生み出した事例である。
これらのことは持続可能な地域へのリ・デザインでもあり、環境省が掲げる「地域循環共生圏」(地域資源を活用しながら自立・分散型社会を目指す)の取り組みも検討してはどうか。ゼロカーボンの推進にも寄与し、工業都市としての基盤も向上しよう。
現状でも人は来ているが、今後はどうか。なにより当面は人口減少に歯止めがかかることはない。地域を楽しんでもらうだけでなく、より積極的に満足を与えること、そのためのサービス業を生み出し地域経済循環を再構築すること、そしてそれらを新たな人の呼び込みにつなげていくこと、それが日向市の羅針盤である。
(DBJ設備投資研究所経営会計研究室長、前日本商工会議所地域振興部主席調査役・鵜殿裕)
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