コラム石垣 2021年2月21日号 中村恒夫

「リモートワークが広がっている今こそ、言葉の力が大事だ」と長くメディアの世界に身を置いた団体役員は話す。組織のトップが目の前で身振り手振りを交えて発言すれば、言葉が不十分でも意図が伝わるだろう。しかし、画面越しに冷静な口調で話し掛けても、多くの人間にきちんと伝わるかどうかは不透明だ。

▼新型コロナウイルスのように感染症が広がると、平時に比べ為政者の言葉が一層重みを持つと分かる。正しい発言をしても国民に伝わらない面があるし、それが流行を終息させにくい一因にもなっているだろう。ナチスドイツを例にとれば分かるように、雄弁な政治家が必ずしも優れているとは限らない。支持者を過激な行動に走らせたトランプ前米大統領はさしずめ「短文を駆使した雄弁家」だ。

▼間違った方向に先導するのは好ましくないが、自身の発言で、環境保全や差別抑止など市民らに望ましい行動を促せるのなら、政治家には強い武器になる。これは企業にも当てはまる。従業員に短い言葉で戦略の意図を伝えることが経営者にとって重要な能力なのだ。幹部や従業員に誤解されたくないという思いから言葉を使いすぎて焦点がぼやけるケースもある。「誤解した従業員が悪意を持って外部に音声データを流出させたら大きな被害を受ける」と話す経営者がいた。気持ちは分かるが、それでは聞く相手の心には響かない。

▼大胆な戦略で赤字体質の会社を立て直した中小企業経営者は「戦略が経営理念にどの点で沿っているか」「10年後の会社を見据えた内容であるか」「そのために従業員には何をしてほしいか」だけに絞って決断を伝えたという。気力を持って短い言葉で覚悟を伝えることが何より重要だ。

(時事総合研究所客員研究員・中村恒夫)

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