長野県松本市
航海に正確な地図と羅針盤が必要なように、地域づくりに客観的なデータは欠かせない。今回は、国宝松本城の城下町であり、三つの「ガク都」(岳都・楽都・学都)としても発展してきた長野県中信地方の拠点都市、2021年4月1日に中核市へ移行した松本市について、まちの羅針盤(地域づくりの方向性)を検討したい。
交流のリ・デザインを 高い拠点性、底堅い商業・サービス基盤
松本市は、歴史と文化が薫る国際観光都市といわれる。奈良時代の終わりに信濃国の国府がおかれ、江戸時代は信州最大の商業都市となり、周辺地域の交流拠点として栄えてきたからだ。
2020年上期においても、昼間の滞在人口は平日・休日とも国勢調査人口を1万人近く上回り、働く場だけでなく生活に必要な場として高い拠点性を示している。
当市の地域経済循環(生産↓分配↓支出と流れる所得の循環)にも、雇用者所得の流出(周辺から就業者が集まる)、民間消費額の流入(多く来訪者が集まり当地で消費)といった拠点性の高さを示す特徴が出ている。また、生活に必要な基礎的産業(エッセンシャル産業)である「保健衛生・社会事業(医療・介護)」「小売業」を中心に、「教育」「卸売業」「宿泊・飲食サービス業」など幅広い業種が、全国平均よりも集積し、域外から所得を稼ぐ移輸出産業となっている。
拠点性が商業・サービスを活性化し、その活性化が更に拠点性を高めるという好循環が、当市地域経済の大きな構造であろう。
ただ、第3次産業の労働生産性(従業員一人当たり付加価値額)を見ると、長野市と比べ、1割近く低くなっており(当市780万円・長野市844万円)、高付加価値化に遅れがみられる。
また、コロナ禍で、全国的に域外からの来訪者は減る一方で住民の人出は増えているが、当市は、住民の人出も減少しており、地域内の集客・商業施設で、住民の交流拠点たる機能が低下している可能性もある。
地域資源活用のアップデートを
戦後の新産業都市の指定もあって、松本市で最も大きな産業は「情報・通信機器」だが、移輸出で得た所得は域外の本社へ移転されるなど、地域との関わりは薄い。地域経済循環から見る当市の課題は、地域との交流が小さな「情報・通信機器」の移輸出を除くと、2000億円もの域際赤字(所得流出)となる構造そのものだ。
高速鉄道網から外れ、地域間競争に巻き込まれなかった反面、ソフト面を含む地域資源の活用や多様化するニーズへの対応が遅れ、住民の地域ロイヤリティも薄まりつつあるというところではないか。
ただ、対応策は明白で、域際赤字を改善することだ。
特効薬はないが、地域のことは地域で担おうとするローカルファーストの精神が重要である。全国に広がる地商地産活動「BUY LOCAL」のような身近な取組みから、沼津市「泊まれる公園INN THE PARK」のような地域に魅力的な職場と拠点を創出するPPP/PFIの積極推進など、地産品の活用に留まらず、地域の様々なリソースを磨き上げ、持続可能な経済循環の構築に取り組むべきである。また、こうした取組みを進めることで、地域の特色が明確となり、高付加価値化が図られると同時に、地域に対する住民の愛着も醸成されるであろう。
和歌山県印南町では、龍谷大学と民間企業が連携して地域貢献型メガソーラー(利益を地域活性化のために還元)に取り組んでいる。大学という地域資源と民間企業のノウハウが交流することで、一歩進んだ再エネ事業が生み出されたのだ。
幸い当市には、底堅い商業・サービスの基盤がある。また、信州大学を中心にナレッジの拠点もある。国内外の先進事例の知見や教訓を学び、地域に新たな価値の交流を生み出すことが出来れば、地域資源活用のトップランナーに躍り出ることが可能だ。
ローカルファーストの視点で、地域の様々な交流を再構築(リ・デザイン)し、ローカルSDGsを実現すること、それが松本市の羅針盤である。
(DBJ設備投資研究所経営会計研究室長、前日本商工会議所地域振興部主席調査役・鵜殿裕)
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