京都府綾部市
航海に正確な地図と羅針盤が必要なように、地域づくりに客観的なデータは欠かせない。今回は、京都府北部に位置し、グンゼ発祥の地としても有名な綾部市について、まちの羅針盤(地域づくりの方向性)を検討したい。
強いものづくり産業
綾部市は、戦前は養蚕業で栄え、戦後は繊維業や精密機械工業に転じ、高速道路網の整備などに伴い工場誘致にも積極的に取り組み、現在は、「電子部品・デバイス」を中心に製造業が集積するものづくり拠点となっている。
当市のGRP(地域GDP・2015年)を見ても製造業が5割を占め、純移輸出額も9割超を製造業が稼いでいる。しかも、比較的高付加価値な業種が多く、従業員1人当たり雇用者所得は471万円と京都市(453万円)を上回っている(15年)。また、昼間の滞在人口は、20年上期においても、国勢調査人口を上回っており、交通の要衝・ものづくり集積を背景とする拠点性の高さを示している。
これらの特徴は、当市の地域経済循環(生産↓分配↓支出と流れる所得の循環)においても、雇用者所得の流出(周辺から就業者が集まる)、民間消費額の流入(多く来訪者が集まり当地で消費)、域際収支の黒字(第3次産業の移輸入を上回る製造業の移輸出)といった点に表れている。
当市の地域経済は、これまでの戦略が奏功し、高付加価値な製造業が移輸出産業となって支えている構図となっている。グローバルに広がるものづくり需要を取り込むことで、人口減少の影響を感じさせずに、地域経済を維持・拡大させてきたが、こうした戦略は、今後も持続可能であろうか。課題は、自分たちでグローバル市場をコントロールできないことだ。
活況を呈していた旅行業界で、インバウンド需要がコロナ禍で消失した例もあり、綾部市の地域経済はグローバル市場の変動リスクに備える必要がある。
そのヒントも、旅行業界にある。インバウンドから、マイクロツーリズム(自宅から近距離の旅行)への戦略転換だ。実はインバウンドに関心が集中していた18年でも、観光消費額27兆円のうち、インバウンドは約2割(5兆円)で、日本人の国内旅行が約8割(21兆円)、日帰りに限っても約2割(4・7兆円)を占めていた(観光庁資料)。成長するインバウンドに目を奪われ、足元の大きな市場を見過ごしていたのだ。
域内市場のリファインを
当市の地域経済も、強い製造業に目が向きがちだが、第3次産業がGRPの5割を占めており、小売業など対面型産業を中心とする域内市場が広がっている。この市場の主な需要者となる地域の高齢者は、当面、大きく減少することはない。むしろ、GDPには直接表れない年金という収入がある分、潜在的な需要は拡大する可能性もある(当市での年金給付総額は、年間170億円超・厚生労働省資料)。
こうした分厚い域内市場を活性化できれば、第3次産業の移輸入超過が改善し、変動リスクに耐え得る地域経済となる。また、活発な域内市場は、工場立地の大前提であろう。
この活性化の役割を、アクティブシニアが担えるようにすることも重要だ。地域に密着する対面型産業の担い手として適性があるほか、健康寿命が延び潜在高齢労働力が増える中、生きがい中心のボランティアだけでなく、働きがいが得られるワークプレイスを提供することが求められる。
スキマバイトアプリのように、細かな仕事と短時間の労働をマッチングする仕組みが活用できるであろうし、当市に集積するものづくり産業のナレッジを活用することで、年齢に関係なく働き続けられる環境(を整備するための製品など)を生み出していくことも可能ではないか。
見逃しがちな域内市場の可能性と潜在的な労働意欲が結び付く新しいワークプレイスを創出し、それをものづくりの拠点性の強化に結び付けていくこと、それが綾部市の羅針盤である。
(DBJ設備投資研究所経営会計研究室長、前日本商工会議所地域振興部主席調査役・鵜殿裕)
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