1938(昭和13)年の創業から長年培ってきた鋳造技術で、水道管部品や産業機械部品などの製造を手掛けてきた石川鋳造。そんな同社が下請け脱却を目指して、一般消費者向けに開発した調理器具「おもいのフライパン」が、入荷最大3年待ちを記録するほどの人気商品となっている。一体、どんなフライパンなのか?
鋳物の特性を生かして「世にないもの」をつくりたい
「おもいのフライパン」という鋳物製フライパンが注目を集めている。重量が「重い」に、つくる職人やユーザーの「思い」を掛けて命名された同商品だが、名の通り、直径20㎝のもので約1・2㎏ある。そのため中華鍋のように振りながら調理するには向かないが、少々重くても厚みを持たせたことで、鋳物の特性である熱伝導率や蓄熱温度の高さが効果を発揮し、「肉をよりおいしく焼く」ことができる。
「今の調理器具は、機能性ばかり追求している気がします。料理をおいしくつくっておいしく食べるという、本来の目的に合った調理器具を世に出そうと考えたのが始まりでした」と石川鋳造社長の石川鋼逸さんは発案した当時を振り返る。
同社は創業以来、高い鋳造技術で水道管部品や重機・ロボットなどの産業機械部品などの製造を行ってきた。また、自動車部品メーカー向けのアルミ溶解用鋳鉄ルツボ・ラドルの自社開発・販売にも取り組んできた。しかし今後の市場の動向などを見据えて、下請け脱却を目指して一般消費者向けの自社製品開発に乗り出す。自社の技術力や特徴、鋳物のメリットとデメリットを冷静に分析し、たどり着いたのがフライパンだった。
「世にあるフライパンは、食材を付きにくくするためにコーティングされているものがほとんどです。しかし、使っているうちに剥がれて錆びてくるので新しいものを買う。これでは不経済だし、ゴミになるから環境にもよくありません。その点、当社の表面加工の技術を使えば、無塗装で一生モノのフライパンができると思いました。せっかくつくるなら『世にないもの』にしたかったんです」
妥協を許さず1000パターン以上を試作
最初の課題はやはり重さだった。既存の鋳物製フライパンは、軽量化のために薄くつくってあるものがほとんどだ。その方が使い勝手はいいが、肉を焼くと表面だけ焦げてしまい、中まで焼けない。厚さがあるほど蓄熱されて、中までじっくり火を通すことができるのだ。
「ステーキ屋や鉄板焼き屋で使われている鉄板の厚みは2㎝くらいあります。おいしく焼けるのは、そこにヒントがあると気付き、できるだけ厚みを持たせながら、女性でも扱える重さを模索して、最終的に4~5㎜の厚さに着地しました」
厚さ以上に苦心したのは、取っ手の形状だ。できるだけ軽量で、本体からの熱が伝わりにくく、しかもデザイン性に優れた形とはどんなものか。最適な形状・長さ・角度を求めて、実に1000パターン以上の試作を繰り返した。
「なかなか思い描くものができず、途中で挫折しかけたこともありました。それでも、妥協せずに試作を続けたところ、すごく手になじんで、本体の重みをあまり感じさせない取っ手が完成したんです。『これだ!』と思いました」
出来上がったフライパンをプロの料理人に使ってもらったところ、最初の感想はやはり「重い」だった。しかし、重さを超越する料理の仕上がりや味のよさに、皆満足していたという。10年近い歳月を費やし、職人のこだわりを詰め込んだ「おもいのフライパン」は、17年にようやく販売にこぎつけた。
発売開始の2年前からSNSで認知を広げる発信を展開
主な販路は自社オンラインサイトだ。他の店で販売すると、ブランドイメージが変わってしまうおそれがあると考え、百貨店や量販店からの引き合いを断ったのだという。では、どのように商品をPRしていったのか。
「広告宣伝に使えるお金がないので、発売の2年ほど前からSNSを使ってPRを展開していたんです。『今、こんなものをつくっていますよ』という感じで、試作する過程を発信していたら次第にファンが増えてきて、発売と同時に注文が入ってきました」
当初は生産量が限られていたこともあり、すぐに入荷2カ月待ちとなる。その反響がメディアに取り上げられるとさらに注文が増え、一時は入荷3年待ちになったが、その後生産量を増やし、累計販売数4万枚を数えるヒット商品へと成長した。
同社は現在、新たな取り組みとして「お肉のサブスク」にも乗り出している。契約する精肉店が厳選した肉を、月額制で届けるサービスで、おいしい肉をおいしく焼いて食べてもらおうというものだ。フライパンも無償でレンタルしており、ユーザーが気に入ればフライパンの購買にもつながる。
「もとは県内にあるお肉屋さんのアイデアです。その店も『おもいのフライパン』のユーザーで、店の調理に使ったらおいしいと評判になってお客さまが増え、肉がたくさん売れるようになったと。ここだけに留めておくのはもったいないと、この仕組みを考えました」
当初は4店だった精肉店も今では11店に増え、同社にも、精肉店にとっても売り上げ増に貢献している。今後も賛同してくれる精肉店の輪を広げていきたいという。
「フライパンづくりから肉の販売まで、割合すんなりとステージが広がったと感じています。立ち止まったら終わりなので、今も次なる製品の研究開発に取り組んでいます。頭を柔らかくして、今後も『世にないもの』を生み出していきたい」と意欲をのぞかせた。
会社データ
社名:石川鋳造株式会社(いしかわちゅうぞう)
所在地:愛知県碧南市中松町1-12
電話:0566-41-0661
代表者:石川鋼逸 代表取締役社長
設立:1950年
従業員:43人
※月刊石垣2021年4月号に掲載された記事です。
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