コロナ禍により、ビジネスの世界でも非接触、非対面などいわゆるニューノーマルが定着してきた。そこで、注目されているのがオンラインによるネット販売だ。特に、地方企業や小規模企業にとってはネット販売が顧客開拓や販路開拓につながることも多い。そこで、ネット販売に積極的に取り組んで業績を上げている企業を直撃した。
事例1 ネットショップで販売していても対面でのサポートを大事にする
鬼丸(愛知県大府市)
名古屋市の南部と接する大府市にある鬼丸は、タイルなどをつくる窯業(ようぎょう)の製造機械のメンテナンス業を営んでいた。バブル崩壊後にプラスチック加工も始めたが、リーマンショックにより売り上げが3分の1に激減。状況を打開するために、結婚式などで使うウェルカムボードを制作して「鬼丸工房」としてオンラインで販売を始めると、徐々に認知度が上がり、今では事業の重要な柱の一つになるまでに成長している。
仕事がない中始めたウェルカムボードの制作
「うちは父が1977年に始めた一人親方の町工場で、現在は工業機械向けプラスチック部品の切削加工を主に行っています。私はバブルのころに入社し、2001年に社長を継ぎました。ところが、08年にリーマンショックが起こり、売り上げが3分の1ほどにまで落ち込んでしまいました。いつまでこのような状況が続くのか分からず、お金を借りることもできず、つらくて子どもたちの前で泣いてしまったこともあるほどです」と、鬼丸社長の鬼丸正之さんは、13年前を振り返る。
そんなとき、従業員の一人が知り合いの結婚式の会場に飾るウェルカムボードをつくった。それは発泡スチロールをハンダゴテで溶かして文字をデザインしたもので、試しに工場でつくってもらったところ、一つつくるのに3時間かかり、販売してもせいぜい3千円くらいにしかならないだろうという結論になった。しかし、この従業員は書道が得意で師範の免許を持つほどの腕前だったことから、その腕前を生かした和風のウェルカムボードにしてはどうかと考えた。高級感を出すことで付加価値を付ければ、採算が合う値段で売れる。ボードの素材となる木やプラスチックの加工はお手の物だし、工場にある設備を使ってできる。
「当時、製造業以外の世界のことも知るために名古屋の異業種交流会によく参加していました。その中で結婚式場でプランナーをしている方と知り合い、試作品を見せてこれが売れるかどうか、いくらなら売れるか、デザインはどうかといった相談に乗ってもらい、式場に無料で置いてもらったりするなどして、クモの糸をたどるように少しずつ広めていきました」
鬼丸で買って良かったと思ってもらえるよう工夫
結婚式場に置くだけでは、製品が売れるようになるにはまだ足りない。鬼丸さんは09年、ウェルカムボードを制作する新事業として「鬼丸工房」を設立し、インターネットのショッピングサイトに登録してネット販売を始めた。
「月5千円くらいの手数料を払うと出店できるサイトです。従業員が工場で制作した試作品を私が写真に撮り、サイトにアップするということを毎日のようにやっていました。とはいえ、最初の1個が売れるまでに1カ月くらいかかりました。それからは、放送局の広告を制作している友人やラジオ番組を持っている友人たちからお声掛けいただき、テレビ番組のコーナーで紹介していただいたり、私が番組に出させてもらったりしました。鬼丸という名前はインパクトがあるようで、それから徐々に広まっていきました」
販売を始めてから半年後には、大手結婚情報誌への広告掲載を始め、自社サイトを立ち上げて販売するようになった。自社サイトの立ち上げは全て鬼丸さん自身で行ったため、商品撮影用の照明などの購入費用を含めても、初期費用は10万円ほどだった。
「自社サイトをつくる際に気を付けたのは、商品写真を見て買った人が、実物を受け取ってがっかりしない見せ方をしないといけないということ。商品を受け取ったときに、思っていたよりも良かった、鬼丸で買って良かったと思っていただけるような製品づくりや見せ方、心遣いを考えました。その一つとして、商品発送の際、手書きのメッセージカードを同封するだけでなく、外箱には運送業者の人たちに向けて『お客さまのお手元まで大切にお届けください』という手書きのメッセージを貼って発送しています。小包を受け取ったお客さまがそれを見て、この商品を大事につくって送ってくれたんだなと思っていただけたらと」
従業員たちの意識にも新たな変化が起こった
また、名古屋を中心に結婚情報誌や結婚式場が開催するブライダルフェアにも年12回ほど出展している。こういったイベントには、挙式を考えているカップルやその親が数多く訪れる。
「商品も販売するので即売会の面もありますが、ブースに来たお客さまから商品に関する意見を聞き、それを商品開発に生かすこともしています。例えば、式場の新郎新婦が登場する入り口に飾るのれんなどは、こんなものをつくってほしいというお客さまのご要望で始めました。これがよく売れています」
ブライダルフェアは、お客さまたちの意見が直接感じられるので一番いいと鬼丸さんは言う。鬼丸工房はECが主だとはいえ、知名度が高いわけではない。そのため、会場で商品を実際に手に取ってもらい、知ってもらうことが、顧客を増やす一番の近道なのだという。
「ネットショップで販売しているからこそ、逆に、人と人が直接やり取りする部分も重視しています。ネット販売とはいえ、ほとんどがオーダーメードなので、打ち合わせは電話で行うことも多い。手間は掛かりますが、そこでお客さまの気持ちをどれだけ汲(く)み取れるかが重要なのです」
また、鬼丸工房を始めてから、従業員の意識も変化してきた。製造業の町工場では、小さな部品を設計図どおりにつくっていくだけだが、ウェルカムボードなどは自分たちがつくった商品を直接販売するため、仕事のやりがいも違ってくるのだという。
「ブライダルフェアに行った従業員には、翌日の朝礼でその報告をさせています。そうすると、みんなお客さまの話をしっかり聞くようになる。彼らにとってそれはすごく刺激的なことのようで、発表するときの表情や口調で、楽しんでいることがよく分かります。また、普段とは違いスーツを着て接客するので、やりがいがあるとも言っています。ECは売り上げ的にはまだ全体の1割ちょっとの細い柱ですが、会社にとって非常に存在感のある柱になっています」
商品開発力を高めるためにお客さまの声を聞いていく
「ネット販売を始めて対外的な会社のイメージも大きく変わりました。うちがテレビで取り上げられたりすることで、取引先の方のうちを見る目が違ってきたのです。鬼丸は単なる町工場じゃなくて、ちょっと尖(とが)った会社だとみんなが見てくださるようになりました」と、鬼丸さんは誇らしげに語る。
また、自社サイトで販売をしていることで、そこで商品を販売するだけでなく、各地の結婚式場からも商品を扱わせてほしいと引き合いが来るケースも増えている。つまり、自社サイトがBtoCだけでなく、BtoBの窓口にもなっているのだ。最初は販売が目的だった自社サイトだったが、今ではそれを通じて会社のことをよく知ってもらうということに移行していると鬼丸さんは言う。
「うちのような小さな会社は、販売サイトに大きな資本を投下することができない。ですから、人とのつながりも大切にして、自分の空いた時間で工夫を重ね、販売のめどをつけていけば、後悔することはないし、やって良かったということになると思います」
また、どのように工夫して販売するかを考えることももちろん重要だが、それ以上に商品開発力を高める努力も必要になってくる。
「僕ら製造業が弱いのは商品開発力です。それを高めるためには、お客さまの声を聞くことと、次に大手が使っているビッグデータ、大きな情報を手に入れながら、その中で今の時代に即したものをつくっていかないといけない。今、次男が東京の企業で商品開発関連の仕事をしているので、家族ぐるみで情報を共有しながら、お客さまに必要とされる商品を開発して販売していきたいというのが、息子たちも含めた将来へのビジョンです」
鬼丸工房が、オンラインで新たなステージを迎えるのは、それほど先のことではないだろう。
会社データ
社名:株式会社鬼丸(おにまる)
所在地:愛知県大府市北崎町清水ヶ根133-5
電話:0562-47-8456
代表者:鬼丸 正之 代表取締役
従業員:7人
※月刊石垣2021年5月号に掲載された記事です。
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