「うちなんて、このまちではまだまだ新参者たい」
中世以来の商都として商人文化を育んできた博多で、300年余にわたって商う「光安青霞園(みつやすせいかえん)茶舗」の13代目店主、光安伸之さんはこう謙遜する。
100年を超えて続く企業を「老舗」という。日本にはおよそ421万の企業があるが、社歴300年を超える超老舗はほんの一握りだ。
老舗は何ゆえに老舗となり得るのか。根本には事業理念の継承がある。同店のそれは「店はお客さまのためにある」であり、代々当主によって受け継がれてきた。
しかし、同じような言葉は他店にも掲げられているし、消えていった店すら顧客第一主義をうたってきた。つまり、事業理念は実践されてこそ意味を持つ。
最良を目指す三つの「ない」
光安青霞園茶舗では事業理念を、三つの「ない」として具体的にお客に約束している。
第1に、秘伝の書を持たない。
茶葉は常に品種改良が行われる。摘採時期によって品質は異なるし、生産地の標高、茶の木の樹齢、摘採時の天候、摘採後の加工に使う機械の違いによっても品質が異なる繊細な商品だ。それゆえ、固定的なマニュアルよりも自らの五感で養った経験が重んじられる。
「お茶は自然の中で育つ生きものですから、決まったレシピは通用しません。幼いころから味わってきた味こそ当店がお客さまにお伝えしたい伝統の味。先代からは『この目、この鼻、この口を全て駆使してお茶を見抜け』と教えられてきました」
第2に、契約農園を持たない。
契約農家を持てば、安定した「量」の商品を確保できる。しかし、同じ茶畑や同じ茶農家であっても、年によって「質」は一定ではないのが生きものとしての茶の宿命である。
もし契約農家や自家農園を持ってしまうと、納得できない茶葉でも仕入れざるを得ない。それゆえ契約農園を持たない。
「その代わりに、産地へ入札に出向いてお茶を仕入れています。手間が掛かりますが、自らの五感を通して生で感じることができます。そこでは常に真剣勝負。そうして仕入れた選りすぐりの荒茶を一種類ごとに丁寧に仕上げ、火入れし、合組(ブレンド)した上でお客さまにお届けする。それが当店の続けてきた商いです」
第3は、産地にこだわらない。
同店では、玉露など高級茶の産地として名高い八女茶を主に取り扱うが、未来永劫そうではない。現に昭和初期まで、主に京都からお茶を仕入れていた。
「私どもの理念は産地にこだわることではなく、お客さまに最もおいしいと感じていただけるお茶をお届けすることです。そこで、八女茶を中心に据えつつも他産地に良いお茶があれば仕入れて、さらにおいしいお茶に仕上げるべく日々研さんに励んでいます」
このように同店は事業理念を実践するために、変化することを厭わない。
「やり方」を変え「在り方」を守る
「伝統とは革新の連続」とは、老舗の要件としてしばしば語られる金言だが、本質は目の前のお客に喜んでもらうために何をするのかを考え、それを実直に行うところにある。
自らの「やり方」にこだわることではない。こだわるべきは、自らが商う理由というべき「在り方」にこだわることである。
「気掛かりなのは、伝統に裏づけられた本物のお茶が少なくなったこと。コーヒーなどさまざまな嗜好(しこう)品が飲まれるようになり、お茶もペットボトルが幅を利かせています。けれど急須で淹(い)れたお茶には味もさることながら、気持ちをリラックスさせる効果があります。大切な人とくつろぐとき、急須で淹れた本物のお茶を飲んでいただき、人の輪を紡いでいきたい」
奈良・平安時代に、留学僧が唐よりお茶の種子を持ち帰ったのが、日本のお茶の始まりと言われる。1000年以上に及び、日本の文化そのものと言っていい。
常にお客を見つめ、守るべきことと変えるべきことを違えず、伝統をつなぐために時代の変化に寄り添う。そこに老舗の老舗たるゆえんがある。
(商い未来研究所・笹井清範)
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