商いの心と技 vol.13 「劇場」と呼ばれる店

祖母から孫へ、お客を喜ばそうと努めるモリパンの心が受け継がれていく

お客に愛され、繁盛する商人には、一目で分かる共通点がある。それは素敵な笑顔。老若男女どんな商人も、見る者を明るくさせる笑顔の人は大成する。

「大成」とは売上高が大きいとか、多くの店を展開しているという意味ではない。お客の喜びを自分の喜びと感じられ、商人として商うことと人として悔いなく生きることが一致する人だけが得られる〝至上の幸福感〟を指している。

西の京と呼ばれる文化と歴史のまち、山口市にもそんな商人たちがいる。

思い出の店、懐かしい味

文教地区の一角、市役所前にある創業1926年の「モリのパン」には名物が二つある。いや〝二人〟と言い換えよう。70年以上にわたって職人としてパンを焼き、商人として店を営んできた3代目・信子さんと、4代目候補として祖母と共に働く孫の森彩菜さんだ。

森さんが店を手伝い始めたのは2年ほど前。赤ん坊の頃から働く祖母に背負われ、彼女の商いに接してきたものの、本人いわく「一つのことにしか集中できない」性格ゆえ、一時は事務職としてのプロフェッショナルを目指す。その際には、それまで熱中していた菓子づくりもスパッとやめ、集めた道具も手放した。

「朝4時からパンを焼いて、閉店は夜7時半。よく1人でやってきたと思いました」

勤務先の職場環境が変わり、時間に余裕が生まれ、「軽い気持ちで」店を手伝い始めると、森さんはあらためて祖母と店の現状を知ることになる。かつては近隣の学校にも卸していたが、祖母の体力の衰えに合わせて商いは細くなり、月末には支払いのために年金を充てることも増えていった。店の手入れも、思うようにはいかなくなる。

それでも、「モリパン」と呼んで親しんできた味を懐かしみ、祖母との触れ合いを求めて訪れるお客の存在を、森さんはたびたび目の当たりにする。5年後に創業100年を控えるモリパンは、多くの来店客の人生にも大切な思い出の店だった。

加えて、「モリパンはおばあちゃんの人生そのもの。何よりもお客さまに喜んでもらうことを第一に考えてきたおばあちゃんが亡くなった後、お店も無くなっていいのか」という思いが森さんの中で大きくなっていく。

人生は喜ばせごっこ

手伝い始めて2カ月後、森さんは勤務先を退職。本当に集中すべきことを見つけた。

座右の銘は「人生は喜ばせごっこ」。森さんは祖母を助け、お客さまに喜んでもらおうとさまざまな改革に取り組む。菓子づくりの経験を商品開発に生かし、スコーンを新たな看板商品に育てた。祖母とのやりとりや商品づくりへの思いを、描くのが好きな漫画で表現してSNSで発信するようになると、新しいお客も数多く来店するようになった。

「おばあちゃんのために」「お客さまのために」という責任感から一日一日を130%の力で取り組み、一日の終わりには倒れ込むように動き続けてきた森さんの気持ちを揺るがす出来事が起こる。4月のある雨と雷の強い日、設備の老朽化から店舗が漏電。しかも、森さんが働き出してから2度目だった。復旧のためには銀行から新たに借り入れをしなければならない。

「心にポッカリと穴が空いたようでした。お店を守ろうと頑張ってきたのに、自分には無理かもしれないとむなしくなりました」

そんな彼女を救ったのが、娘の奮闘を見守っていた母の一言だった。

「あなたが心から楽しいと思えなくなったら、モリパンをやめてほしい。親としてのお願いね」

後日、森さんのツイッター(山口市役所前のモリのパン)を確認すると、今日もおいしそうなスコーンが焼き上がっていた。サクッ、ほろっ、しっとりという理想のおいしさを目指して材料を変え、製法の工夫を重ねているという。「モリパンを通じて人々に幸せを届ける」を事業理念とする同店を、まちの人たちはいつしか「モリパン劇場」と呼んでいる。

取材の最後に、二人の写真を撮らせてもらった。よく似た笑顔が並んだ写真を見て、「なるほど、たしかに劇場だ」と納得。この劇場には、看板女優が二人いる。

(商い未来研究所・笹井清範)

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