中小企業の後継者不足は日本が喫緊に解決しなければならない課題の一つである。後継者がいない場合の事業承継にはM&Aや第三者承継があるが、それには社名の存続、従業員の雇用や待遇などさまざまな不安があることも事実だ。コロナ禍も追い打ちをかける。そこで、譲渡する企業も譲渡された企業も満足するwin-winの関係を築いた第三者承継の事例を紹介していきたい。
事業承継で酒蔵のブランドと製法を残し二つの地域活性化にもつなげる
1907年に栃木県北部の大田原市で創業し、清酒をつくり続けてきた池島酒造と、同県中央部にある鹿沼市で酒類卸・小売業を営む小林酒店の間で、今年3月に事業承継が行われた。事業を譲り受けた小林酒店は、酒蔵を鹿沼市に移し、地元で清酒の製造に乗り出し、34年ぶりに復活させる。池島酒造のブランド「池錦」も継承され、醸造地は変わるものの、以前と同じ製法でつくられた清酒は、二つの地域に向けて販売される予定だ。
事業譲渡を決心するも契約寸前になって破談に
池島酒造は、杜氏(とうじ)をしていた池嶋仙之丞(せんのじょう)さんが、大田原市の酒蔵を買い取って創業した。敷地内には那須連山の地下水が湧き、それを使って酒づくりを行ってきた。初代が杜氏だったことから「主人自ら蔵に入るべし」の家訓があり、代々の蔵元は杜氏と一緒に酒づくりに加わってきた。現社長で四代目の池嶋英哲(ひであき)さんも、子どものころから酒づくりを手伝ってきた。
「ひねりもち(米の蒸し具合を見るために手でもち状に練ったもの)をもらうのが楽しくてやっていました。ただ、もうそのころから自分は家を継ぐものだと思っていましたね」と池嶋さんは言う。
大学卒業後は家に戻り、家訓を守って蔵に入って酒づくりに従事してきたが、年齢を重ねるうちに体は無理が利かなくなり、作業中に具合が悪くなって救急車で運ばれたこともあった。
「女房から酒づくりはもうやめてくれと言われていました。そうしたら今度は5年前に杜氏が病気で入院して。その年は代わりにやってくれる人がいたのでなんとか酒づくりを続けられましたが、翌年からは自分の蔵ではつくらず、知り合いの酒蔵に頼んでつくってもらうようになりました」
池嶋さんには長男がいたが、小さな酒蔵を続けていくのは難しいと考えていたことから、後を継がなくてもいいと伝えてあった。そこで、地元の金融機関に紹介された東京の小売業者に事業譲渡することを決心したが、契約寸前で先方から突然断りが入った。
「断りの連絡はメール一本でした。これはちゃんとしたところにお願いしないと駄目だと思い、大田原商工会議所を通じて栃木県事業承継・引継ぎ支援センターに登録しました。それから話が具体的に進んでいきました」
長年の夢だった酒づくり そこに酒蔵承継の話が
鹿沼市にある小林酒店は1955年に創業し、現在は二代目の小林一三(いちぞう)さんが店を切り盛りしている。小林さんは東京農業大学の醸造科を卒業後、酒屋をやりながら、酒づくりに対しても夢を持っていた。
「父が『鹿沼娘』という清酒のブランドを残してくれていたので、それを自分の新しい形にしたいと思い、県内にある同級生の蔵元で、6年前から鹿沼産の米と鹿沼の水を運んで自分で醸造しています。毎年仕込みに行くうちに、自分の酒蔵を持ちたいと思うようになりましたが、酒類製造免許は新規発行されていないので、無理だと思っていました」と言う小林さんのところに、昨年10月、地元の信用金庫から思わぬ話が舞い込んできた。
県内の酒蔵が後継者がいなくて事業譲渡先を探しているのだが、興味はあるかというものだった。これは小林さんが酒づくりへの情熱を持っていることを知っての提案だった。
「酒類製造免許はすごく価値のあるものなので、まさか自分のところに譲渡の話がくるとは思ってもいませんでした。そのため、話を進めてくださいとは答えましたが、そんなに簡単なものではないとも思っていました」
一方、池嶋さんもその後、支援センターから何件かの譲渡先候補者を紹介されていたが、この人になら任せられるという人はなかなか出てこなかった。
「そんなときに小林さんがおいでになりました。すごくやる気があるし、夢もあるし、この人にならお願いしてもいいんじゃないかと思いました。それに、自宅を含めた酒蔵の敷地を譲渡するのではなく、酒蔵の建物だけを移築するというので、私たち家族は引っ越さずに済み、とてもいいお話でした」
「池錦」ブランドが残り鹿沼に新たな酒蔵が誕生
その後は、支援センターと信用金庫が両者の間に入って交渉を進めていき、譲渡する資産とその額などを調整していった。
「支援センターと信用金庫が、双方の希望を吸い上げた上で、互いにメリットがあるような案を出してくださり、それから先はびっくりするほどスムーズに話が進み、今年3月に譲渡契約を結ぶことができました」と小林さんは笑う。
これにより池島酒蔵は閉じられるが、酒類製造免許とともに蔵の設備や建材、「池錦」のブランドは新たな酒蔵に引き継がれる。現在は酒蔵を建てる場所を鹿沼市内に選定中で、来年秋の仕込み開始を目指している。そして契約締結後、小林さんから池嶋さんにこんなサプライズ的提案があった。
「大田原には池島酒造のお酒が飲みたいという人が多く、池錦のブランドが残ったからそれでいいというわけではないんです。そこで、池嶋さんの体に無理がない程度に酒づくりをお手伝いしていただきたいとお願いしました。水も池島酒造の井戸から運んできます」
この提案について池嶋さんは、「半分面倒くさいけど、半分やりたいなと」と、嬉(うれ)しそうに笑う。
小林さんがそれ以外に構想を進めているのは、一般の人が酒づくりに参加できる体験型の酒蔵で、1日または数日間、蔵人と一緒に仕込みを行い、できた酒を後日受け取れるというものである。
「新しい酒蔵なので、一つのつくり方にはこだわりません。新しいやり方で、鹿沼や大田原の地域活性化にもつながればと思っています」
小林さんにとっては長年の夢である酒づくりに本格的に参入することができ、池嶋さんにとっても、代々守ってきた「池錦」のブランドは存続し、酒づくりにもまた関われるということで、両者にとってメリットのある事業承継となったといえるだろう。
会社データ
社名:株式会社小林酒店(こばやしさけてん)
所在地:栃木県鹿沼市千渡1792
電話:0289-62-7550
HP:http://www.kobayashisaketen.com/
代表者:小林一三 代表取締役
従業員:4人
【鹿沼商工会議所】
※月刊石垣2021年10月号に掲載された記事です。
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