「お許し下さい」こんなお詫びの言葉から始まるチラシがある。1960年夏、衣料品店として日本で初めてセルフサービスを導入した「ハトヤ」のものだ。
わずか13坪で、当時において年商3億円という繁盛ぶりの同店は、事件の日も多くの来店客でにぎわっていた。混雑する店内で、ある女性客が購入した子どもの肌着を包装紙から取り出して、家から持ってきた着古しの肌着と寸法合わせをした後、これを手提げ袋にしまった。それを女性店員の1人が万引と見誤ってしまったのだった。
お詫びセールに長蛇の列
店員から疑いを掛けられた女性客は当然のことながら怒った。ハトヤを夫・西端行雄さんと営んでいた春枝さんは、そのお客の家に繰り返し出向いて、誠心誠意謝罪したという。そのかいあってお客にはお許しいただいたのだが、「お客さまを万引扱いした」という申し訳なさは納まるものではなかった。
そこでお詫びの気持ちを表現するために実施したのが、冒頭のチラシで告知した「お詫びセール」だった。800円ほどの衣料品を詰めた袋を100円で、1日1000人の来店客に4日間にわたって販売するというものだ。
売れれば売れるほど損をするというセールである。しかも通常の開店時刻である午前10時30分より前、7時30分から1時間をセールとすることで、通常の営業とは切り離して実施した。
日を追うごとにお客の列は伸びた。セール開始時刻前にすでに1000人が並び、4日目の最終日には警察が出動するほどの反響を呼んだ。万引と間違えた店員はもちろん、「全ての店員たちが一致団結してお客さまに向き合った4日間だった」と春枝さんは振り返っている。
間違いは、誰にでも起こり得るもの。ただ違うのは、それにどのように向き合うのかという姿勢にある。本音と建前の別なく、人の心の美しさを実践した西端夫妻の商いが、その大切さを教えてくれる。
人の心の美しさを商いの道に生かす
夫の西端行雄さんは、彼を知る人なら誰からも敬意を持って「仏」と呼ばれた商人。中小商業者が団結した革新的チェーン「ニチイ」を設立した人物である。西端さんと共に〝真商人道〟の道を歩んだ妻、春枝さんが逝去された現在でも、その功績は日本の小売業史に輝き続けている。
西端夫妻と親交の深かった商業界創立者、倉本長治さんは夫妻をこう評している。
「その精神の美しいこと、信念から生まれる力のたくましいことは計り知れない。西端という人は自分の側に過ちらしきものが少しでもあってはならぬとするが、他人のためにはどこまでも常に思いやりが深かった。自分については何事も極めて厳格であった。万事について、そんな人柄であった」
人の心の美しさを
商いの道に生かして
ただ一筋に
お客様の生活を守り
お客様の生活を豊かにすることを
わが社の誇りと喜びとし
日々の生活に精進いたします(合掌)
この「誓いの詞(ことば)」という一篇の文章は、西端夫妻がハトヤの時代から朝礼・終礼の時に従業員と共に唱和し続けた行動規範。そのニチイは後にマイカルとなり、今はイオンに救済統合されたが、〝慈愛真実〟の商人、西端夫妻の功績は決して色あせるものではない。なぜなら、夫妻の目指した商いは今も引き継がれているからである。
(商い未来研究所・笹井清範)
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