「目的と目標の違いは分かりますか?」
半日に及ぶ取材が一段落すると、その人はこう言った。京都府舞鶴市で、快適な睡眠環境の提案を目指して1994年に創業、ある画期的な新素材を活用したベッド用マットレスを製造・卸販売する「パシフィックウエーブ」の故・田中啓介さんだ。
同社の名前は知らなくても、その商品名を知っている人は少なくない。とりわけゴルフ愛好家ならば、プロ選手のツアー戦で目にしているに違いない。およそ20キログラムという重さのゴルフバッグを担ぐキャディの多くが、この商品を素材にしたショルダーパッドを使用しているという。
舞鶴にもあった「下町ロケット」
商品名はGELTRON(ジェルトロン)。人生の3分の1を占める睡眠を、より良いものにするために、同社が日本で最初に開発した二層一体型立体格子型グミ状ジェルである。現在、一般家庭用マットレスから、枕、クッションなど幅広く利用され、さらに介護現場でも、床ずれ防止・改善や車椅子クッションとして活躍している。
田中さんは、舞鶴いちばんのにぎわいを誇った商店街にある家具店の跡取りとして生まれた。その後、米国留学中にウオーターベッドに出合い、快適な眠りを提供することを自らの目的とすることを決意。「眠ることは食べることと同様に、人生の中で大切なものです」と眠りの重要性を指摘する。
究極の眠りを求め、試作を重ねて完成した新素材の特性や効用を広く知ってもらうため、田中さんは学術的データをエビデンス(根拠)として蓄積。それを、睡眠を研究する専門の機関である「日本睡眠環境学会」や、病気やけがによる長期臥床(がしょう)で起こるさまざまな問題の改善を目指す「日本褥瘡(じょくそう)学会」など複数の学会で発表を続け、やがてその価値が認められていった。
しかし、事業は順風満帆とはいかなかった。大手企業の権利侵害を受けたり、大手取引先の優越的地位の濫用に巻き込まれたりすることもあったという。
田中さんの商いの道のりは、まるで人気テレビドラマ「下町ロケット」の主人公、佃製作所の佃航平をほうふつとさせるが、今では寝具はもちろんのこと、究極の素材としてさまざまな業界・企業から注目を集めている。
損得を追うか善悪を求めるか
では、田中さんが言う「目標」と「目的」の違いとは何だろうか。以下は、私なりの解釈である。
目標とは文字が表すように途中段階にある標(しるべ)であり、その先にあるのが到達を目指す的(まと)、つまり目的である。そして、目標は数字で示すことのできる定量的なものであり、目的は心の在りようであって、数字では表せられない定性的なものである。
例えば、前者は売り上げや利益であり、後者はお客の喜びであり、「ありがとう」と思う心である。どちらが重要だろうか。
商業界創立者、倉本長治はこう言っている。
「商いの本当の利益というものは、お客のために誠心誠意、店主が孜々(しし)として尽くしてきたときに流す心の汗が滴々として滴り落ちて結実したものでなければならない。そうでなければ本物ではない。だから、商店の利益はいたずらに大きいから見事なのではない。その質の良さ、そのできたときの様子によって価値が違うのである」
また、こうも遺している。
「商売は損得より善悪のほうが大切である。採算がとれるかという問題よりも、善いことか悪いことかを考えることが根本である」
損得の得は定量化できる目標にすぎない。私たちが生涯をかけて極めるべきは、定性的な善悪の善にほかならない。そのために目標は存在する。
こうした善を目的とした田中さんは一昨年、病によって道半ばで亡くなったが、その志と目的は後継者の久晶さんに受け継がれている。あなたももう一度、目標と目的を峻別(しゅんべつ)してみてはいかがだろうか。
(商い未来研究所・笹井清範)
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