海外で廉価に生産して販売するビジネスモデルが市場を席巻する家具業界にあって、一生使えるものだけを丁寧に製造販売し、顔の見えるお客様と長く付き合うことを信条とする小さな店が長野市にある。
創業1833年の「松葉屋家具店」が発行するニューズレターからは、同店の事業理念が伝わってくる。ある号の特集では「ありえないほど大きな木に、会いに行きました」という、同店が扱う天然の木の魅力を紹介している。そこに価格訴求は一切ない。
同店の商品の特徴を一言で表現するなら「百年家具」。100年の歳月をかけて成長した木材を使った家具を、世代を超えて使い続ける価値観を大切にしている。
1.長く使えるものであること
2.使う人の心と身体に無理のないものであること
3.地球環境に負担のかからないものであること
同店が掲げるこれら三つの約束は「一生使える家具しか造らない」という理念の具体策であり、それを形にしたのが「一生使える木の学習机」だ。椅子が別売りで1台17万6000円と、他社製品と比較すると高額だが、2008年の発売以来、多くのお客に愛されるロングセラー商品となっている。
引き出しが一つの一生使える学習机
学習机という商品は長らく、耐久財でありながら消耗品のような扱われ方をしてきた。子どもじみたデザイン、過剰で不必要な機能など理由はさまざまだが、長く使い続けている人は少なく、多くが使い捨てられてきた。
「学習机は子どもが初めて持つ自分だけの空間、居場所かもしれません。その前に座るのが楽しみな机であってほしいと誰もが考えます。とはいえ、残念ながら多くの学習机が飽きられ、置き去りにされ、いつしか捨てられています。子どもの価値観を醸成する大切なものであるはずなのに、学習机が今のような使い捨てでいいのでしょうか」という疑問が店主・滝澤善五郎さんの根源にある。
一生使える木の学習机は、子どもが使うに不足ない90×60センチメートルのサイズ。素材には引き出しの底板まで樹齢100年の広葉樹の無垢材が使用され、合板や集成材などを一切排除。1台の机を1人の職人が製材から一貫して製作している。
この机には深さ6センチメートルの小さな引き出しが一杯しかない。それは「使うものだけをしまうことで整理整頓の能力を養ってほしいから」と滝澤さんは理由を語っている。
地域と世代を超え愛され続ける理由
「学生、社会人になって、家から巣立っても連れて行ってほしい」という滝澤さんの願いから、この机は分解できる。シンプルなデザインと構造は、時間や人の価値観に堪えられ、柔軟に対応できるためだ。たとえば女性ならドレッサーとして使ったり、ワーキングテーブルとして使ったりと、使い方を変えながらも一生愛用できる。
家具という商品は、顧客1人当たりの購入点数は限られているものだ。しかし、そこに店主の約束への共感があれば、評判は商圏を超えて広がり、多くのお客の信頼を得ていく。一生使える学習机はそうした商品の一つである。
「以前、学習机を注文いただいた女性から『母も嫁入り道具をこちらでつくったんです』と明かされたことがありました。母、子、孫と3代で使っていただける、こういうことができるのが松葉屋なのだと思います。私たちは店の規模や売り上げを不相応に大きくしようとは考えておらず、松葉屋を磨きに磨いて底光りするくらいにしたい。自分たちができることを誰かのために命懸けでやりたいだけです。長年、松葉屋を愛してくださるお客様のためにも、自分たちのためにも、商いの芯はしっかりと守っていきたい」と滝澤さんは語っている。
この約束にお客は共鳴するのである。
(商い未来研究所・笹井清範)
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