奈良県奈良市
航海に正確な地図と羅針盤が必要なように、地域づくりに客観的なデータは欠かせない。今回は、奈良県北部に位置し、奈良時代に平城京が置かれた古都で、人口35万人の「奈良市」について、まちの羅針盤(地域づくりの方向性)を検討したい。
充実する都市基盤
奈良市は、古くから栄えてきたことで都市インフラ・サービスが充実、「保健衛生・社会事業」(医療・介護など)「公務」「小売業」など第3次産業が集積している。また、東大寺や薬師寺、興福寺など大寺院もあり、歴史や文化が蓄積、大阪や京都と1時間圏内で交通の便も良い。こうした優れた都市基盤によって、観光面では有数の国際観光文化都市、生活面では良質なベッドタウン、行政面では県庁所在地・中核市となっている。
これらの特徴は、稼ぐ力の源泉でもあり、地域経済循環(2018年)を見ると、域外からの観光客が奈良市で消費することで民間消費を、住民が域外に通勤して給与を持ち帰ることで雇用者所得を獲得しているほか、地方交付税交付金などの財政移転も生じている。まさに充実する都市基盤が奈良市を特徴づけているが、他方、地域の成長に結び付けられているかは疑問が残る。2010年から18年にかけた地域GDPの伸び率は3・9%と奈良県平均と同水準で、全体の成長を底上げするには至らず、また、大阪市の4・4%、京都市の8・7%と比較すると物足りない。その要因は、域際収支の大幅な赤字で、その規模は地域GDPの3割を超える。大阪市は黒字、京都市は赤字であるが地域GDPの4%程度にとどまっており、奈良市の赤字の大きさが際立っている。
観光で例えれば、豊かな地域資源と良好な交通アクセスで売上高(観光客数×消費単価)は大きいが、域外からの仕入額がかさみ、巨額の赤字計上(域際赤字)を余儀なくされている構造だ。恵まれた環境から大阪や京都の成長が自然と流れ込むが、それ故に、地域資源活用による域際収支改善の取り組みが遅れているともいえよう。
世界中からナレッジを
奈良市のここ数年の人口移動は、転入者が転出者を上回る社会増が続き、ベッドタウンとしての基盤は盤石にも見える。ただ、日本全体の人口が減少し、今後はベッドタウン同士の競争も激化する中、住みやすいだけではなく、積極的に選ばれるための「住みたくなる」魅力が必要であり、この地域ならではの商品やサービスが不可欠だ。こうした魅力づくりに、大幅な転出超過となっている20歳代を活用することができれば、感度が高く、若いナレッジを、地域にとどめることにもつながろう。
同市を特徴づける都市基盤は、歴史文化や交通インフラを含む豊富な地域資源によって形成されているが、観光都市として、またベッドタウンとしても在り続けるためには、これらの地域資源を有効活用すること、そのためのナレッジが集まるよう都市基盤そのものの将来像を示すことが重要だ。その将来像に共感する人材が地域ビジネスの創出・育成などに関わり、それがまた都市基盤を新しくしていくことになる。
この地で花開いた天平文化は、遣唐使がもたらした盛唐文化の強い影響を受けた豊かな国際色が特徴の一つであり、広く人材を受け入れてきた歴史がある。また、リモートワークやワーケーションなどオンライン技術を活用することで、遣唐使のような危険を冒すことなく、世界中の人材とつながることも可能だ。
2025年4月から大阪万博が開催され、同じ関西圏である奈良市も国内外から大きな注目を集めよう。この機会を一過性の集客の場とせず、多種多様な人材を同市の関係人口として集める好機とすることが求められる。
恵まれた環境にあぐらをかいている状況を脱し、地域に所得が残るよう、都市基盤そのものの再構築を含めた将来ビジョンを発信すること、その実現のためのナレッジを世界中から集めること、これが奈良市のまちの羅針盤である。
(株式会社日本経済研究所地域・産業本部上席研究主幹・鵜殿裕)
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