石川県小松市
航海に正確な地図と羅針盤が必要なように、地域づくりに客観的なデータは欠かせない。今回は、石川県西南部に広がる加賀平野の中央に位置し、2024年春に北陸新幹線開業を迎える人口約11万人の「小松市」について、まちの羅針盤(地域づくりの方向性)を検討したい。
工業と伝統と
コマツ(小松製作所)を中心とする機械産業の集積地として有名な小松市は、江戸時代に加賀藩第3代当主の前田利常公が小松城を隠居地としたことで基盤が整備された。城下町に職人が集まり、ものづくりの生業が繁栄、機械産業のみならず繊維産業なども盛んな工業都市へと発展した。また、九谷焼や小松瓦などの伝統産業が残るほか、歌舞伎「勧進帳」の舞台である安宅(あたか)の関や、開湯1300年の歴史を持つ粟津温泉があり、まちの一画には城下町の面影が残る伝統都市でもある。
こうした背景が地域経済の特徴にもなっており、「はん用・生産用・業務用機械」「輸送用機械」「繊維製品」の特化係数は2を超え(全国平均の2倍以上集積)、移輸出入収支額も3業種合わせて1千億円を超える(域外から多くの所得を獲得)。代表的な観光産業である「宿泊・飲食サービス業」も、金沢市という世界的観光都市が近くにありながら、生産額(市場規模)は300億円以上あり、移輸出入収支額も?億円の黒字(域外から所得を獲得している産業)だ。
一方、高付加価値産業の代表である「専門・科学技術、業務支援サービス業」や「卸売業」は、地域に相応の市場規模があるものの、移輸出入収支額はマイナスとなっている。これは、地域の事業所(者)などが仕事を受注するものの、実際の業務は域外の事業所(者)などに移転されており、地域にお金や仕事のみならず、ノウハウやナレッジが残らない構造であることを示している。
挑戦の社会実装を
わが国の経済は、失われた30年ともいわれるが、経常収支額(IMF試算)は1990→2021年で4.3倍(457億→1973億ドル)に拡大、資源高や円安が直撃した22年も900億ドルの黒字と試算される。ただ、この間ドイツは6.6倍(501億→3300億ドル)に、22年も1710億ドルとわが国の2倍近い黒字であり、各国の成長にわが国が追い付いていないのが現状だ。その要因はさまざまだが、近年の世界的な脱炭素の流れへの対応遅れもその一つであろう。
GDPを二酸化炭素排出量で割った炭素生産性(二酸化炭素トン当たりGDP)を見ると、1990年から2020年にかけて、わが国が1.7倍(295億5千→506億5千ドル)の成長にとどまる一方、ドイツは3.4倍、英国は4.7倍、イタリアも2.2倍、米国も3.9倍となっており、わが国のグリーンイノベーションの遅れが顕著となっている。
これらとの直接比較は難しいが、小松市の炭素生産性は43.9万円と石川県平均の54.1万円より約10万円低い。ただ、この差は小松市の付加価値額に直すと800億円であり、3次産業の移輸入超過(732億円)を改善することで解消可能な規模である。 日本政策投資銀行北陸支店が4月に公表したレポート「北陸新幹線敦賀開業による石川県内への経済波及」によれば、300億円近い経済波及効果があり、ビジネス需要によるナレッジ集積・交流促進が指摘されているが、こうしたトレンドこそ小松市が地域を挙げて取り込むべきであろう。脱炭素に役立つナレッジを積極的に受け入れ、産業におけるリビングラボのような取り組みを形成することができれば3次産業の内発的発展につながり、炭素生産性も向上するであろう。何より、地域を支える工業産業が存続し続けるためには、脱炭素の取り組みが不可欠であることも認識すべきである。
官民が連携して工業産業クラスターのグリーントップランナー化を目指すこと、その取り組みを通じて内発的イノベーションを生み出すこと、これが小松市のまちの羅針盤である。
(株式会社日本経済研究所地域・産業本部上席研究主幹・鵜殿裕)
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