事例1 IoTを活用して海外との価格競争に勝つ
武州工業(東京都青梅市)
東京都青梅市に本社がある武州工業は、自動車や医療機器に使われるパイプ部品や板金部品の製造を主な事業としている。企業理念の一つに掲げているのが、「日本でLCC(ローコストカントリー)価格を実現」すること。海外生産しなくても価格競争に勝つために、IoTを積極活用している。
地域の雇用を守るため生産性向上に知恵を絞る
なぜ、国内でLCC価格を実現することにこだわるのか。林英夫社長は「地域の雇用を守るため」と説明する。
「自動車部品の競争相手は国内企業ではありません。世界で一番安い部品を生産する国の価格がグローバルプライス、ワンプライスになるからです」
競争相手となるインドやブラジル企業の日給は1000円程度、これは国内の時給相当であり、労務費の比較ではとても勝ち目はない。そのため海外進出を決断する企業もあるが、武州工業は国内にとどまると決めているため、労務費以外の部分で生産性の向上を図る必要がある。そこで林社長は「ものづくり」という本丸で、競争力を高める仕組みを考えた。
パイプ曲げ加工品の生産量は月平均900種類90万個にのぼる。多品種少量生産を低コストで実現するためには、①「一個流し」生産方式の採用、②必要最小限の機能を備えたミニマムスペックの生産設備や治具(じぐ)の内製、③独自のICT(情報通信技術)生産管理システム「BIMMS」の開発導入とIoT化︱が不可欠だった。
一個流し生産方式は、複数の作業技能を身に付けた多能工が材料調達、加工、納期管理までの全工程を一貫して手掛ける。「ラーメン店の店長が麺をゆで、丼にスープを入れて、具材をのせて、お客さまに出すように」(林社長)、多能工が全ての工程に責任を持つため、完成品を改めて検査する必要がなく、完成品=品質保証品ということになる。
ミニマムスペックの生産設備では省設備投資、省スペース、省エネルギーを実現した。例えば汎用のレーザー加工機は4800万円だが、必要最低限のスペックで内製したところ、4分の1の1200万円で完成した。ミニ機械のため電気の消費量も半分に減り、設置スペースは7・2㎡から2・1㎡まで小さくなった。ミニ機械を多能工を取り巻くようにU字型に配置することで、人の移動が最小限に抑えられ作業効率が向上、LCC価格実現の原動力となった。
顧客は低価格に加え、受注から納入完了まで製品リードタイムの短縮も求めている。平成18年から、それまでの72時間から48時間対応に切り替えて要望に応えているが、それが実現できたのは、BIMMSのおかげだ。
同社の生産管理システムの導入は早く、昭和60年にはPCによる生産管理システムを稼働させている。その後、独自開発したBIMMSに切り替え、ICTの発展に合わせて機能を強化していった。BIMMSは、社内でやりとりされる「労務」「受発注」「納品」「品質」「設備」などに関する情報を一元的に管理・収集・分析し、必要な情報を必要な人に提供する同社独自の仕組みだ。従業員全員がタブレット端末を所持し、更新される生産状況をリアルタイムでウォッチしながら、問題の発見・改善に役立てている。
BIMMSの能力を最大限活用するためには、時点時点の情報の記録が不可欠だ。紙に記録する方式では、情報がリアルタイムで把握できないだけでなく、記録の誤り、漏れ、修正が起こる可能性がある。それを防ぐために製造機械にはスマートフォンが装着され、「生産性見え太くん」と呼ばれるアプリに内蔵の3軸センサーが感知した(例えば機械が1回動くと製品が1個生産されたと数えるというような)情報を、Wi-Fi経由でサーバーに送っている。また機械の動作状態などの情報を収集し可視化するため、低価格の超小型PCを使った「機械動作情報収集装置」も製作した。
自社での実績を元に生産管理システム販売へ
このような低価格IoTによって、リアルタイム収集、データの蓄積、情報精度の向上、入力時間短縮が図られた。情報の共有化、省力化、無駄の削減が進んだ結果、生産性は20%向上したという。さらに「全ての工程が自動的に記録されるので、トレーサビリティー(履歴情報を参照すること)が可能になりました」(林社長)。
BIMMSにより、日次の作業管理も可能になった。「コンビニエンスストアではPOSにより毎日棚卸と発注をやっていますが、同じことが工場の現場ごと、製品ごとにできるようになり、工場全体の稼働状況をどこにいても見ることができるようになりました。従業員は業務日報から検査シートまで、データをタブレットから入力できるので、事務的な作業が軽減されているはずです」(林社長)
同社では働き方改革が叫ばれる以前から「働く人に優しい企業へ」を掲げ、8・20体制(8時間20日稼働)を実現している。さらなる労働環境の改善に努めるため、タイムレコーダーの代わりに、出勤時に各現場のスマートフォンに当日の自分の体調を5段階で入力させてBIMMSに集めることで、出勤確認と健康状態を同時にチェックしている。このデータも蓄積されていけば、「健康状態と仕事の質の相関」といった分析もできるようになる。
林社長はBIMMSを自社だけのものとせず、中小製造業向け総合情報管理システム「BIMMS on Cloud」として外販を準備している。まずは前述の「生産性見え太くん」をアプリとして6月より販売、初期費用9・8万円、ランニングコストは5台分を月額1万円でデータを蓄積、確実に使えるシステムとして提供する。
価格面でもIoT導入のハードルが低くなった。ものづくり企業のIoT化が加速されそうだ。
会社データ
社名:武州工業株式会社
所在地:東京都青梅市末広町1-2-3
電話:0428-31-0167
代表者:林英夫 代表取締役
従業員:160人
※月刊石垣2018年5月号に掲載された記事です。
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