政治・経済ともに先行き不透明な状況が続いた2023年。オリンピックイヤーであり、米大統領選挙の年でもある24年はどのような年になるのか。本紙コラム「石垣」執筆者に今後の日本と世界の展望を聞いた。
憧れの国になれるか
宇津井 輝史/コラムニスト
いつの世にも憧れの国がある。人々は軍事や経済でリードする国に憧れるわけではない。19世紀の後半、万博などがきっかけで日本の美術・工芸品に世界が目を見張った。見たことのない北斎の浮世絵に印象派の画家たちが衝撃を受けた。ゴッホは広重の模倣に没頭したし、モネやゴーギャン、ロートレックさえ浮世絵をモチーフにした作品を描いた。
影響は絵画にとどまらない。音楽の革命児ドビュッシーの交響詩「海」は北斎の絵に触発された名曲である。工芸家エミール・ガレや建築家フランク・ロイド・ライトも、日本美術を模倣する誘惑から自由でいることはできなかった。この諸分野にわたるムーブメントをジャポニスムと呼んだ。13世紀にマルコ・ポーロが神秘の国と紹介した、遥か東洋の果てに浮かぶ日本に欧米が魅了され、人々は憧れたのである。
第二次大戦後はアメリカが憧憬と羨望と嫉妬の対象となった。圧倒的な工業力を背景に豊かな社会のお手本を作ってみせた。テレビの普及に乗って、豊かで明るい家庭生活を描いたホームドラマを世界中に輸出した。映画や音楽などの娯楽産業、コーラやハンバーガー、カフェや食文化の新しいスタイルのビジネスモデルも確立した。世界から人材を集め、科学技術でリードすることも忘れなかった。
中国は世界史を通じて大国だった。だが自国中心の「華夷秩序」は他国に憧れさせようとする仕組みに過ぎなかった。社会の自由度や幸福度の低さなど、いまの中国に憧れる人はまだ少ない。
さて日本である。どの国とも似ぬ文化、いずれも真似のできぬ自然と景観は外国人が再発見してくれた。正直で優しい人々という評価、かゆいところに手の届く工業製品もまた新たなムーブメントである。新ジャポニスム元年となるだろうか。
政治への信頼が問われる一年
神田 玲子/NIRA総合研究開発機構 理事
今年は政治に対する信頼が問われる一年となろう。昨年末、明るみになった政治資金パーティー問題は、政権の中枢を担う人材が当事者であっただけに、政治への信頼は大きく毀損(きそん)した。今こそ、健全な社会を構築するため、私たちが知恵を出し合うことが必要だ。それは、どんな知恵か。
まずは、「空気」にあらがうための知恵だ。今の政治は信じられないと諦めた人々が、社会への責任を放棄することはたやすい。しかし、人々が自らの責務を放棄した社会に将来の繁栄はない。
今回の事件をきっかけに生じた、政治や民主政治に対する厭世的な空気に支配されないようにすることが肝心だ。そのためには、自分の頭で冷静に考えることが求められている。
続いて、合意を得るための知恵も必要だ。政治への信頼を失ったからといって、人々は政府の介入を嫌悪しているわけではない。多くの人は、生活の安全や安心を提供してくれることを政府に望んでいる。政府への期待と不信が入り混じった感情を持つ人々が、理想の社会を実現するために、何を行うべきか、建設的な議論を通じて自身の感情に折り合いをつけていかねばならない。
最後は、猿知恵に惑わされない知恵である。人口減少が本格化する中、表面を取り繕うような弥縫(びほう)策や国民の支持を得るためだけの政策では、真の解決は遠ざかるばかりである。猿知恵を働かせた解決策ではなく、抜本的な改革案を私たちが提示していくべきだ。
今年の干支である龍が手に持つ「如意宝珠」という玉は、思考を表している。仏教では思考を変えることで苦を楽にすることができると考えられている。辰年にあやかって、三つの知恵を使い、負の感情を改革への決意に変える一年としたい。
地方の時代に輝き再び
丁野 朗/観光未来プランナー・文化庁日本遺産審査評価委員
「地方の時代に輝き再び」は、島根県益田市の日本遺産「中世日本の傑作 益田を味わう」のサブタイトルである。益田に限らず、今の日本に最も大切な視点である。
中世益田の領主・益田氏は、その地理的優位性を生かして、中国大陸や朝鮮半島にこぎ出した。中国山地の豊富な木材や鉱物資源を生かして、積極的な経済政策を進めた。そして毛利など近隣の大勢力に対しては、優れた政治手腕を発揮した。こうした経済的繁栄と政治的安定の下に、どこにもない独自の文化を花開かせた。
益田市の近隣には萩市、津和野町など、歴史上大きな役割を果たした地域が多い。近世までの日本では、これらの地域はまさに輝いていた。そして、今もなお、豊富な歴史文化資源に恵まれている。
ただ、萩・石見空港はあるものの1日2便、地域内の高速交通体系も未整備ということもあり、大都市圏からの交通は正直なところ不便である。人口減少や高齢化は待ったなし。コロナ禍を経て、観光面でも苦戦している。
このエリアに限らず、昨年訪ねた多くの地域も同じような状況だ。大都市圏への人口集中は、こうした歴史都市を大きな窮地に追い詰めている。
しかし、地域の価値に、大都市圏の若者や海外からの来訪者たちが気付き始めている。地域協力隊など若者たちは、自らやりがいのある仕事がどの地域で実現できるのか、お互いに情報交換している。
地方を大切にする海外の人々は、大都市ではなく、地方にこそある日本の文化や魅力を求めて、不便な地をわざわざ訪れる。
こうした地方の価値に一番疎いのは、地元の方々である。地域を再発見し、その価値や誇りに気付き、人を育てることが、「地方の時代に輝き再び」の大きな原点になろう。
柔軟な採用が不可欠に
中村 恒夫/時事総合研究所 客員研究員
今年のNHKの大河ドラマ「光る君へ」は紫式部が主人公だ。日本文学史上、最高傑作ともいわれる「源氏物語」を生み出した彼女を女優の吉高由里子さんがどう演じるのか興味深いが、同時に個性や環境に即した働き方や生き方についても関心が集まるのではないか。紫式部は出産経験もあり、夫を亡くした後、藤原道長の娘である一条天皇中宮の彰子に仕えたとされる。通説では、宮中で働きながら源氏物語を完成させたことになっている。登場人物の設定や大胆な話の運びがよく許されたものだと改めて思う。
言うまでもなく、現代の日本社会では、シングルマザーを取り巻く生活環境は極めて厳しいものがある。しかしながら、周囲の理解や支援が得られれば、埋もれてしまいがちな彼女たちの才能を生かす道があるはずだ。「女性はこの仕事に向いていない」「母親だから働き方が制限される」といった否定的な評価からスタートするのではなく「女性の消費者の気持ちが分かる」「育児の経験者だけが理解できる市場がある」など、前向きの視点で捉えることが大事だ。
仕事の適性と職場の支援は、人手不足に悩む経営者にとってもキーワードとなろう。売り手市場が続く中で、求人条件の緩和は進んでいるが、前例に引きずられるケースも少なくない。
一流レストランのシェフは思いがけない素材を使って食通を驚かせる創作料理を生み出す。企業も、年齢、性別、国籍などさまざまな属性を見て、排除するのではなく、むしろ優位な特性と捉えて、採用活動を行い、社内でも登用していくべきだ。また受け入れる経営陣や他の従業員も柔軟な対応をすることが望まれる。少子化が進む日本で、採用の革新は企業が生き残るために避けられないと考える。
今年は世界的に選挙一色になりそうだ
中山 文麿/政治経済社会研究所 代表
今年はアジアや欧米において国政選挙を行う国が多い。1月に台湾の総統選挙、2月にインドネシアの大統領選挙、3月にロシアの大統領選挙、4月に韓国の総選挙、6月に欧州議会選挙、11月にアメリカの大統領選挙が行われる。これらの選挙の行方次第では世界の政治・経済情勢が大きく動きそうだ。
1月の台湾の総統選挙では野党2党の統一候補を巡る話がまとまらず与党の民進党との三つどもえの戦いになった。ロシアではプーチン氏の再選が確実視されており、当選後は、大規模な徴兵制を敷きウクライナ戦争にロシア兵を大量に投入しそうだ。
アメリカでは4年前のバイデン氏とトランプ氏の一騎打ちの大統領選の再現だ。アメリカの大統領選挙では民主党と共和党の勢力が拮抗(きっこう)している州があり、これをスイングステート(揺れる州)と称する。それらはネバダ州、アリゾナ州、ジョージア州、ペンシルベニア州、ウィスコンシン州とミシガン州などである。
そして、2016年の大統領選挙ではトランプ氏がそれらの州を全部制して大統領になった。一方、20年の選挙ではバイデン氏が全州を押さえて大統領になった。昨年の11月に行われた6州の世論調査に基づく大統領選挙ではトランプ氏が5勝1敗で勝利した。
仮に、今年11月の本選挙でトランプ氏が勝利すると、アメリカ・ファーストを掲げ、アメリカの政治、ひいては世界の政治・経済を大きく変えそうだ。取りあえず、ウクライナ支援から手を引いたり、北大西洋条約機構(NATO)からも脱退しかねない。
投票日までの注目点は、バイデン氏が勝つには無党派層を含めてリベラルな若者や反イスラエルの人たちの票が得られるか、第3候補の動向などにかかっていそうだ。
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