日本産水産物の輸出額は、世界的な和食ブームの広がりとともに拡大してきた。しかし、昨年輸出先1位だった中国による日本産水産物の全面禁輸が大きく響き、輸出額の伸びは大きく鈍化。だが、政府の「水産業を守る」政策パッケージに基づく水産物の輸出先の多角化などの取り組みも本格化しており、新たな商流構築にも期待が集まっている。そこで、逆境に負けずに日本産水産物の輸出に取り組んでいる地域企業の奮闘をリポートする。
試食販売と商談重ねて取引先との信頼築く なじみの薄い塩辛やめかぶを海外へ
宮城県気仙沼市でいか塩辛やめかぶをはじめ、水産加工品を製造販売する八葉水産は、ジェトロや宮城県の協力で海外の食品展示会に出展するなど販路を開拓している。同社の商品は海外ではなじみが薄いが、試食販売などの市場調査や商談を重ね、輸出先との信頼関係を築いた。現在、輸出先を15カ国・地域に拡大しており、新たに海外向け商品を開発するなど、取り組みを強化している。
県の事業きっかけに台湾へ 後に米国へも輸出を開始
宮城県気仙沼市にある八葉水産は1972年創業の水産加工会社で、いか塩辛やいか明太子などの珍味、「めかぶ」や「もずく」などの海藻商品を製造販売している。中でもわかめの根元部分に当たる「めかぶ」は、傷みやすいため以前は遠方には出回らなかったが、同社の加工技術によって商品化され、他社に先駆けて77年頃から全国販売を開始した。現在では主力商品の一つになっている。
同社が商品を輸出するきっかけとなったのは、2007年頃、宮城県が県事業として台湾で食品の国際展示会に出展し、同社も参加したことだった。現地の問屋から声が掛かり日本の商社が窓口となって、08年頃から当時販売していた常温品の鮭ほぐしなどを輸出するようになった。 「(主力商品の)めかぶは、ネバネバした食感と磯の香りが外国人にはなじみが薄くて現地では売れないので、当初は輸出が難しかったのです」というのは、常務取締役の清水勝之さんである。しかし09年頃、日本の商社を通じて米国の日系スーパーに需要があることが分かり、めかぶの輸出を開始した。この頃、同社商品の輸出量は台湾と米国を合わせて10t程度と、国内の販売量と比較すると微々たるものだったが、「海外という新たな市場を獲得できたことがうれしかった」と清水さん。輸出に関し、台湾在住の日本人から次のようなアドバイスをもらった。 「自社商品の輸出業務は、展示会や商談会のために海外出張するだけではないし、FOB(Free On Board=「船上渡し」輸出者側が輸入者側の指定する船舶上に商品を積み込んだ時点で契約完了となること)で完了ではない。船に乗った自社商品を、輸出先で誰がどんなふうに取り扱い、販売と消費されているか考えなさい。それから石の上にも3年というが、輸出は5年続けなさい。外国人はその間にパートナーシップを結べる相手かどうか判断する。窓口に商社がいても、日本のメーカーと輸出先の流通業者の信頼関係が大事だよ」。このアドバイスを胸に、清水さんは輸出量を増やしていきたいと計画を練っていた。
震災により輸出減少も 香港などで販路開拓
同社が台湾で商談や試食販売を重ね、商品の輸出量が少しずつ伸びていった11年、東日本大震災が起き、同社は本社や工場など全てを津波で失った。あらゆることがストップしたが、台湾の企業からは「製造を再開したら、また一緒にやろう」と言われた。翌12年には、宮城県が再び台湾の展示会に出展して同社も参加したり、現地スーパーが「宮城県フェア」を開催したりした。この頃には常温品のほかに、いかの塩辛やめかぶなど冷凍品も輸出しており、広がりを見せていた。
しかし、震災前と大きく変わったことがあった。震災の影響で製造できない期間があったため、その間に国内の取引先は仕入れを他社メーカーに切り替えていった。その上、福島の原発事故による風評被害で、国内外ともに三陸産水産物が食卓に上りにくくなった。15年には台湾が規制を強化し、宮城県産などの水産物に放射能検査を義務化した。このため同社と取引のある現地企業の一部が宮城県以外のメーカーに切り替え、同社の台湾への輸出量は大きく落ち込んだ。
この年、同社は新たな販路開拓のため、宮城県の協力を得て香港市場へ売り込みに行った。また、フィリピンやタイへも輸出を開始した。16年にはジェトロ(日本貿易振興機構)の事業に参加し、ベトナムやシンガポールにも販路が見つかった。17年頃には同社の輸出量が全体で約10tに回復し、18~19年にかけて輸出量はさらに増えた。 「輸出について何か相談したいときは、ジェトロや宮城県の担当者に話して、いろいろ協力してもらっています。バイヤーを連れて来るから商談しませんかと、彼らの方から声を掛けてくれることもあって、ありがたいです」と清水さんは語る。
フランスで新商品のヒント 海外向け商品として味付け
販路を開拓する中、同社は19年にフランスで行われた食品展示会に出展した。ここで清水さんはフランス人がつくった海藻を使った商品に出合う。 「フランスでは海藻を食べるのかと驚いたのと同時に、フランス料理に合う商品づくりをしていたのがすごいと思いました。僕らは原料の海藻がたくさんあっても、だしやしょうゆにつけて日本の市場しか見ていない商品ばかりつくっていた」。そこで、自社には原料や加工技術があるから、海外向け商品として味付けすれば、新たな市場開拓ができるのではないかと考えた清水さんは、すぐに新商品開発に着手した。
現地で試食アンケートなど市場調査して試行錯誤の末、「海藻ペースト」が完成した。三陸産わかめやのり、国産野菜などを原料に、味付けはオリーブオイルやバジル、ビネガーなど洋風調味料を使い、同社がそれまでに扱ったことのない材料を使った商品開発となった。完成した新商品をパリの商談会で紹介するなどの取り組みは、輸出に取り組む優良事業として20年度の「東北農政局長賞」を受賞した。この商品はフランス向けと米国向けを製造販売しており、国内では販売していない。22年に現地のネット通販などで本格的に販売を開始した。
海外展示会40回以上参加 輸出先は15カ国・地域に拡大
23年は東京電力福島第一原発のALPS処理水放出により中国が日本の水産物を全面禁輸した影響を受け、同社では香港との取引がなくなった。また、22年からはオランダにもめかぶを輸出していたが、23年は処理水放出の影響を受けて輸出が見送りになった。こうした問題については「人の心の問題なので簡単には解決できない」と清水さんは肩を落とす。
同社は23年までに海外展示会などに延べ40回以上参加し、現地でそれぞれ試食アンケートを行っている。清水さんは「当社の商品は海外市場が大きくない。いきなりいかの塩辛やめかぶを勧めても、なかなか食べてもらえない」と実感している。それでも輸出先を開拓し、現在では米国や台湾、フランスのほか、カナダ、インドネシア、メキシコなど15カ国・地域に輸出している。その成功の秘訣(ひけつ)について聞いた。 「海外では国や地域ごとに食品のルールが違うので、自分で勉強したり商社から教えてもらったりしています。HACCPに基づく衛生管理などはしっかり対応しないと、商談のテーブルにも上げてもらえない。でも自分の気持ちのハードルは上げず、国内の延長という感じで取り組む。英語が流暢(りゅうちょう)に話せなくとも、伝えたいことは伝わる。大事なのは熱意です」と熱く語る。商談の際に三陸の美しい海の動画を見せると、「商品を扱いたくなった」と言われることもあるそうだ。
同社の今後については、「国内外のサプライチェーン確立の必要性を強く感じている」と清水さんは言う。円安の影響もあって輸出の注文は増えてはいる。国内外のサプライチェーンを確立して、輸入や国産の多くの原料などを安定的に調達する必要性がある。そのためにも、取引先との信頼関係が大事だと強調する。
会社データ
社 名 : 株式会社八葉水産(はちようすいさん)
所在地 : 宮城県気仙沼市赤岩港168-10
電 話 : 0226-22-6230
HP : https://www.hachiyosuisan.jp/
代表者 : 清水敏也 代表取締役社長
従業員 : 約100人
【気仙沼商工会議所】
※月刊石垣2024年1月号に掲載された記事です。
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