現在、世界中でAI(人工知能)が注目を集めている。今後、AIを使った文章作成や情報解析など、広範囲な用途が見込める。数年後には、私たちの日常生活の中にも入ってくるだろう。AIは、これからの産業・経済に限らず、社会全体に重大な影響を与えることになりそうだ。
世界の主要半導体メーカーは、AI利用範囲の拡大に対応するため、積極的生産施設の拡充を加速している。2023年10月、TSMCが熊本第2工場で、回路線幅6ナノメートルの先端半導体の生産を計画しているとの報道があった。それから約1カ月、今度は回路線幅3ナノメートル、現時点で最先端の半導体工場の建設も想定していると報じられた。TSMCはより安定した事業環境を求め、熊本第3工場の建設を検討していると見られる。それだけ、わが国の半導体製造装置、関連部材産業との関係は、同社にとって重要性が高まっているのだろう。現在、台湾でTSMCは、最先端の半導体製造ラインを使って、米エヌビディアが設計・開発した“H100”などのAI向けのチップを製造している。TSMCは、3ナノメートルの製造ラインを持つ工場を米アリゾナ州に建設する計画も表明した。
足元で、台湾は中国からの潜在的な圧力に直面している。TSMC、その顧客企業にとって、地政学リスクの分散を進め、安定したチップ調達体制を確立することは急務だ。台湾では半導体産業の急成長によって、水・電力・人材も不足した。米国では人件費、資材の高騰などにより、工場の稼働開始が後ずれする公算が大きい。そうした課題を、迅速に解決することは急務だ。一方、先端分野のチップ需要は急増している。AIが大方の予想を上回るスピードで普及していることは重要だ。エヌビディアだけでなく、マイクロソフトなども、自社で設計・開発したAI対応半導体の製造をTSMCに委託する。しかし、TSMCの供給能力は需要に追い付いていないと見られる。
TSMCはシリコンウエハー上に半導体の回路を形成する前工程に関しては世界トップだが、ウエハーの研磨や、チップを切り出してケースに封入し、周辺機器との配線を施す後工程の製造技術は発展途上といわれている。チャイナリスクへの対応もあり、AI利用増加への対応は一筋縄にはいかない。半導体メーカーの微細化の遅れなどもあり、AI向け半導体の供給は需要に追い付けないのが実情だ。
回路を形成したシリコンウエハーの研磨装置、封入に用いられる材料などの分野で、わが国の企業は世界的に高いシェアを確保している。後工程では、前工程で回路が形成されたシリコンウエハーを研磨し、加工しやすくする。この処理を施したウエハーは、ダイジング工程に移る。この工程では、形成された集積回路をウエハーから切り出し、チップの形状にする。切り出されたチップは、ほかの電子部品と結合する基盤と固着する。基盤との固着後、チップに電極がつけられる。このままでは衝撃に弱いため、ケースに封入する。封入されたチップは、所定の機能を正確に発揮するか、最終検査に回る。一連の後工程で用いられる製造装置、各工程でチップなどを運搬する装置、研磨剤や切り出しに使われるパーツなどにおいて、わが国の企業は世界的に高い製造技術を持つ。
今後、世界の企業の業務運営効率化などでAIの利用機会は急増するだろう。AIの安全な利用のために、それを支える半導体などハード面の製造能力向上の重要性は高まる。わが国半導体企業と連携強化を目指す世界のIT先端企業は増え、直接投資の増加期待も高まるだろう。課題は、わが国の関連企業が、世界の主要企業の意思決定のスピードに対応して研究開発や生産能力を高められるかだ。バブル崩壊後の経済の長期停滞を考えると楽観できない。半導体産業の復活に向け、わが国は電力供給などのインフラ強化、人材育成などに総力を挙げるべき時を迎えている。 (2023年12月17日執筆)
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