銘菓と名菓。似た言葉だが、「銘菓」とは特定の店や特定の土地でしか味わえない菓子であり、「名菓」とは広く世に知られている銘菓をいう。東西南北に長いわが国には、その土地ごとにさまざまな銘菓がある。しかし、名菓と称されるものは限られる。
北海道を代表する名菓「マルセイバターサンド」はその一つとして、全国にその名を知られる。1933年創業の六花亭が77年に現社名への変更を記念して発売した、同社の売り上げの多くを占めるロングセラー商品である。
厳選した北米産小麦粉によるビスケットで、同社を全国に知らしめたホワイトチョコレートと北海道産生乳のバター、米カリフォルニア州産のレーズンを合わせたクリームをサンド。マルセイとは、同社発祥の十勝の開拓に半生をかけた依田勉三の率いた「晩成社」が北海道で初めて商品化したバターに由来する。
この菓子が名菓たる理由を物語るエピソードがある。
名菓を支えるのは従業員一人一人
人材育成を事業の中核に据えることで知られる同社には、「六輪」という社内日刊新聞がある。全ての従業員が仕事の改善・提案やお客さまからの意見、その日の出来事などを自由に発信できる「1人1日1情報制度」を基盤としており、トップが全てに目を通し、その一部を紙面に掲載する。これにより改善の取り組みやスタンダードの基準が職場を超えて広がり、同社の店づくり、菓子づくり、そして人づくりに生かされている。
4月12日発行の表彰式特別号には、令和5年度最優秀社員賞(白臈賞)を受賞した太田寧子さんの受賞スピーチが掲載されている。彼女の仕事はマルセイバターサンドの原料となるレーズンに混入する枝や茎といった異物を取り除くこと。華やかな仕事ではない。
それまで同社ではこの業務を外注していたが、少なくない異物報告があった。そこである理由から3年前に内製化に踏み切り、太田さんはメンバーの1人となった。
まずは異物報告一つ一つを精読し、原因の特定に努めた。ある日、1人のお客さまから写真と一緒にメッセージが届く。異物混入を知らせるもので、そこには「大好きだったマルセイを食べるのが怖くなりました」という一言があった。
このお客さまの声に「自分はどう寄り添えるのか、自分に何ができるのか」と太田さんは真摯(しんし)に向き合い、日々の仕事の改善に地道に努めてきた。受賞はその成果である。
最近、あるお客さまの「レーズンは得意ではないけれど、このお菓子はレーズンあってこそのマルセイだよね」というSNS投稿に出会う。「とてもうれしくて、この仕事をやっていなければ出会えていなかった喜びだと感じています」と太田さん。その言葉には、お客さまの喜びを自分の喜びとする健やかな心根と同社が大切にする商いの心がある。
従業員こそ一番の差別化要因
太田さんへの表彰状で、同社社長の小田文英さんは内製化の理由をこう記している。
「創業者・小田豊四郎は最新技術を取り入れた同業他社を見学した折、『これでは誰でもつくれるお菓子になってしまう』と憂いました。半世紀以上も前のことですが、あの頃も今もわが家のお菓子づくりはいかに〝差別化〟できるか、その問答の歴史です。原材料の品質も要で〝マルセイバターサンド〟のレーズンには随分と悩まされました。幾度となくメーカーと打ち合わせても枝や茎といった異物の除去がわが家の追うレベルに至りません。ならばと(後略)」
こうして同社では「一番の〝差別化〟はわが家で働く人」と決断し、内製化にかじを切った。太田さんの受賞は決断の正しさを証明したものだった。
『おいしいお菓子を作ろう 楽しいお買物の店を作ろう みんなのゆたかな生活を作ろう そして成長しよう』とは、創業者が定めた同社の基本精神。成長とは何か。それは同社に働く一人一人の人間としての成長にほかならない。おいしいお菓子、楽しいお買物の店、ゆたかな生活は、それなしには成し得ないことを一つのお菓子が教えてくれる。
(商い未来研究所・笹井清範)
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