今年4月、わが国の主要な食品メーカー195社は、2806品目の商品価格を引き上げたという。今後も値上げは続く見込みで、7月までの価格改定の予定を含むと平均的な値上げ率は19%に達するとの試算もある。物価の上昇に給与の上げ幅が追い付かず、給与の上昇率から物価上昇率を引いた実質所得は、今年2月まで23カ月連続してマイナスになった。物価が上昇傾向をたどることは、わが国経済がデフレから脱却することになり、経済全体から見れば必ずしも悪いことではないが、家計の負担は増えることになる。それは、私たちの日常生活にとって決して好ましいとはいえない。
食品メーカーの値上げの背景には、原材料コストや人件費の上昇がある。欧州では異常気象でオリーブの不作が深刻化し、オリーブオイルの価格が高騰した。葉物野菜などの値段も高い。中東情勢の緊迫化も物価の上昇につながった。サウジアラビアの自主減産延長などにより、原油の価格は上昇。紅海ではフーシ派による商船攻撃が激化し、スエズ運河の航行が困難になったため、喜望峰を経由する船舶が増えた。異常気象による水不足でパナマ運河の通航制限も続いている。タンカーの運搬コストは上昇した。
人手不足の影響で人件費が上昇していることも、企業のコストアップの要因だ。4月から、国内ではトラックドライバーの時間外労働時間の上限が、年960時間に規制された(物流の2024年問題)。物流大手企業はトラックドライバーの賃金水準の維持、コスト転嫁のために配送料金を引き上げた。また、今年の春闘で、多くの企業が賃上げに踏み切ったことも価格を押し上げた。ベースアップ(基本給の底上げ)を表明した企業は増加し、全体の賃上げ率は5・28%に達した(第1次集計)。中小企業や非正規雇用者の賃上げも進んだ。人件費の価格転嫁を強化する食品メーカーは増加している。 消費者物価指数を構成する品目中でも、食料品の価格上昇率は高い。総務省によると、3月中旬時点で東京都区部の消費者物価は前年同月比で2・6%上昇した。食料の上昇率は同4・9%と全体を上回った。電力料金も上昇する。4月使用分の電力料金は、一般家庭で前月から441〜579円高くなる見通しである。引き上げは、再生可能エネルギーの普及に向けて政府が電気代に上乗せする「再生可能エネルギー賦課金」の上昇による。6月に値上げの再実施を予定する企業も多い。インバウンド需要が旺盛なこともあり、飲食や宿泊分野でも値上げの勢いは強い。円安傾向、原油価格の上昇リスクなどもあり、今後も国内企業による値上げは増えそうだ。
現在、わが国経済は本格的にデフレから脱却する重要な局面を迎えている。物価が上昇傾向をたどる一方、人手不足の影響もあり賃金は徐々に上昇傾向が顕著になりつつあるからだ。ただ、問題は、賃金の上昇率が物価上昇率に追い付いていないことだ。そのため、当面、家計の負担の増加が続くことが予想される。それは私たちの日常生活には大きなマイナスになる。一方、長い目で見ると、デフレからの脱却によってわが国の景気回復の可能性は高まる。物が売れるようになり、デジタル技術の導入や新商品開発などで企業の収益性が高まれば、賃金上昇の持続性が強まり個人消費は活発化するはずだ。それは、デフレからインフレに移行する大きなメリットといえる。
そこで重要になるポイントは、政策当局がそうした道筋を国民に分かりやすく説明し、理解してもらうことだ。そして、実際にわが国経済の状況が変化したとき、インフレにより社会の中で不公平感が高まらない配慮が必要になる。具体的には、相対的に低い所得層への経済的な支援、社会保障制度の改革を強化することだ。多くの国民がより高い技術や技能を習得し、新しい分野の仕事にチャレンジできる環境を整備すべきだ。それには、労働市場の改革や再教育の機会提供などが必要になる。そうした改革は、わが国経済が再び活気を取り戻し、新しい分野へと飛躍するための必須の要件と考えるべきだ。 (4月12日執筆)
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