コロナ禍の中、ゾンビ先生は愕然(がくぜん)とした。2020年8月31日、地元大津の西武百貨店が無くなるというのだ……。かつては日本中にあり、人々の生活を彩ってきた「地方の小さな百貨店」は、徐々にその数を減らしている。
そんな「閉店する地元の百貨店」から生まれた小説が『成瀬は天下を取りにいく』(宮島未奈著、新潮社)だ。24年本屋大賞を受賞した本作。読み始めると、その描写の細かさに驚愕(きょうがく)した。著者が同世代で大津に住んでいる共通点もあると思うが、「知らない間に自分が書いたのでは……」というおかしな妄想に陥るレベルで共感の嵐。
作中に登場する「アカチャンホンポ」、子ども向け施設「育(はぐ)ママセンター」には、よくうちの赤子(当時)を連れて遊びに行ったものだ。抱っこに疲れてベビーカーで入店し、甘いものとコーヒーで癒やされた「喫茶ミレー」。閉店に際して行われた「44年のあゆみ展」では、ネッシーブームの頃の様子を興味深く見た。こうした作品は、その場所のその時を残す「地域のアーカイブ」としての機能も持つ。
近年、「地域」を詳細に描いてヒットし、それが観光にも結び付く事例がたくさんある。ゾンビ先生も大好きなアニメ『ゾンビランドサガ』のサガは佐賀県だし、埼玉県の地域性を超進化させた映画『翔んで埼玉』(原作漫画:魔夜峰央著)も大ヒットした(ちなみに続編のサブタイトルは「琵琶湖より愛をこめて」)。滋賀県は、「隣に京都がある」ことによって生じる自虐性も笑いと哀愁を誘い、さまざまな作品の題材になっている。
これらに共通するのは「ローカルに振り切ることで、むしろ共感を呼ぶ」ことであろう。「惜しまれつつも閉店する(した)地方百貨店」「コロナ禍でさまざまなことを制限された中で暮らした時間」は、現代日本に生きる多くの人に共感される出来事だ。地域性に振り切ることで天下を取りにいった成瀬から学ぶことは多い。
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