1.はじめに 「失われた20年」といわれた長期にわたるデフレ経済から脱却すべく「アベノミクス」がスタートし、世の中に明るい兆しが見え始めた2013年、私は日本商工会議所第19代会頭に就任いたしました。
第1期目には「日本再出発の礎を築く」、第2期目には「成長する経済を実現し、新たな未来を築く」をスローガンに掲げ、中小企業の日本経済における重要性と、中小企業の抱える課題を明確にし、その解決に向け、各地商工会議所の皆さまとさまざまな活動を進めてまいりました。私は、日本のさまざまな構造的課題が、立場の弱い中小企業の経営課題として最も早く現れるがゆえに、中小企業の課題を解決することは、あらかじめ日本の構造課題を解決することにつながると考えます。
事業承継税制の抜本拡充、外国人在留資格の創設、働き方改革関連法の中小企業の施行時期の延期、小規模支援法の改正による経営支援の強化などを提言し、さらに最低賃金のあるべき姿、および大企業と中小企業の新しい共存関係の提案などがその活動の一例です。
現在、頻発する大規模自然災害、深刻さを増す環境問題など、地球規模の課題も山積しており、長期化が懸念される米中対立など、世界は不確実性を増しています。国内ではアベノミクスにより足元の安心はようやく確保されましたが、1人当たり生産性・所得などの指標では先進国に大きく劣後し、さらに人口減少・高齢化などの構造的課題により、将来への不安が根強く残っています。また、東京への人口流入は止まらず、地方の活性化も日本の大きな課題です。
一方、AI、IoTなどのデジタル技術の進展は、中小企業や日本経済の抱える構造的な課題を解決する強力な手段を新たに提供しています。 そのような中、新たに臨むこの3期目に、われわれの進むべき道、果たすべき役割は、第一に、引き続き「中小企業の強化を通じて日本の成長する力を育てる」こと、第二に、「真の地方創生」を実現することです。そのために、今期においても、「中小企業の活力強化」と「地域の活性化」を柱に掲げ、皆さまと共に挑戦してまいりたいと思います。
2.成長力の源泉である中小企業の活力強化
中小企業が業績を伸ばす上で一番の障壁となっている人手不足は、生産年齢人口の減少に加え、中小企業から大企業への人材の流出も影響し、今や極めて深刻な問題となっています。その最重要対策の一つが「生産性向上」です。
(1)生産性の向上と多様な人材の活躍推進 中小企業の生産性向上には、キャッシュレス対応などのデジタル社会への適応が重要なきっかけとなります。商工会議所はこれまで、「身の丈IoT」や「スマートものづくり」の普及推進、各種ITセミナーなど、積極的に取り組んでまいりましたが、中小企業のデジタル技術の実装化は、いまだ「発火点」には達しておりません。
このため、クラウド実践自己宣言および優良表彰の創設を通じた経営者の意識改革や、専門人材と企業とのマッチング支援、IT導入補助金の活用促進、クラウド会計などの導入・活用支援などを強力に推進することで、中小企業のIT導入の「発火」を促し、生産性向上により付加価値の向上を推進してまいりたいと思います。
最低賃金を上げれば生産性が上がるとの意見は、順序が逆です。まずは生産性向上により企業体力をつけることを優先すべきであります。 また、外国人材をはじめとする多様な人材が活躍する共生社会を目指し、外国人材と企業とのマッチング機会の提供や、リカレント教育、インターンシップなどを推進してまいります。さらには、プログラミング検定などの各種検定試験の実施による人材育成、働き方改革、健康経営の推進などを図ってまいります。
(2)事業承継の加速、創業・ベンチャー・第二創業の促進
中小企業経営者の高齢化が進展し、2025年には70歳以上となる経営者は約245万人に上り、その半数が後継者未定の状況となることが想定されています。現状を放置すれば、約650万人の雇用と約兆円のGDPが失われるともいわれています。
これまで営々と受け継がれてきた価値ある事業や技術を、次代へ承継していくことは極めて重要な課題です。また、経営者の代替わりを機に環境変化への新たな挑戦を図る例も多く、「大事業承継時代」は、変革と創造の好機でもあります。
事業承継については、皆さまの多大なご協力を得て、法人版事業承継税制の抜本拡充、個人版事業承継税制の創設が実現いたしました。いずれも時限措置となっており、法人版事業承継税制は、2023年3月までに特例承継計画を申請する必要があり、まさにこれからが本格活用に向けた正念場ということができます。今後の本制度の恒久化を求める声も多く寄せられており、活用を加速する必要があります。
例えば、「第三者承継」を後押しする税制措置の創設や、新旧経営者からの「経営者保証」の二重徴求の廃止について、引き続き働き掛けを行うなど、事業承継環境の改善に努めてまいります。
また、地域経済の持続的成長のためには、起業・創業の活性化による、時代の変化に合わせたビジネスの新陳代謝が不可欠であると考えます。
各地商工会議所との連携の下、起業家意識の醸成をはじめ、創業・ベンチャー・第二創業支援、後継者のいない企業と創業者との橋渡しなどを強力に行ってまいります。さらには、越境ECの活用などを通じた中小企業の海外マーケットへのアクセス支援などについても、積極的に実施してまいります。
(3)大企業と中小企業の共存共栄関係の構築わが国は堅固に組み重なる石垣のように、大企業、中小企業が相互に補完し合い、経済発展を遂げてきました。しかしながら、中小企業は、サプライチェーンを支える重要な役割を担っているにもかかわらず、弱い発言力、立場に置かれており、企業数は大幅に減少し、大企業との利益率格差は拡大しているという状況にあります。 大企業と中小企業が、取引価格の適正化を通じコストを公正に負担し合い、また大企業が、サプライチェーンの重要な位置を占める中小企業のデジタル技術活用による生産性向上の支援や、オープンイノベーションなどでの連携を自社の課題として推進することで、サプライチェーン全体が強固になり、ひいては日本経済全体の成長基盤が確かなものになります。このような大企業と中小企業の新しい共存共栄関係の構築を訴え、同時に、多様な業種・規模の企業が会員である商工会議所の特性を生かし、積極的に推進してまいりたいと思います。
3.地域の活性化―地方創生の加速 中小企業の活力強化と並ぶ二つ目の柱は地域の活性化です。わが国の構造的課題である「人口減少」と「地方の疲弊」に対応するため、地域を元気にすること、地域の魅力を生かし地域の所得の向上を図ることが必要不可欠です。 地方創生を実現するための「まち・ひと・しごと創生総合戦略」は、各自治体においても、第二期に向けた議論が始まっています。各地商工会議所には、ぜひとも、地域の議論をリードする形で、現戦略の検証・評価を行うとともに、地域にあるものを活用し、足りないものを他地域との連携により補い合う「ローカルファースト」の視点で、次期戦略の策定ならびにその実行に主体的に関与していただきたいと思います。経営のセンスを持つ民間ならではの創意工夫を生かした魅力的なまちづくりが進められるよう、積極的に伴走支援してまいります。
(1)観光・インバウンド推進、地域資源の活用・農商工連携 地域経済に活力を取り戻す切り札は「観光振興」と「地域資源の活用」です。広域連携などを軸とした観光振興の取り組みにより、域外需要の取り込みを積極的に進めることが重要です。 他方、一部で見られるオーバーツーリズムへの対応として、各地商工会議所では、旅行者を各地にバランスよく分散させるための仕掛けづくりや、各地観光資源のさらなる磨き上げを行っていただきたいと思います。併せて、地域資源を活用した農商工連携をはじめとする特産品開発、販路開拓への積極的な取り組みを期待しております。 日本商工会議所はこうした取り組みを強力に支援するとともに、政府に対し、地域が特質を生かした観光振興を進められるよう、必要なインフラや規制緩和などの基盤整備を引き続き求めてまいります。
(2)東京オリンピック・パラリンピックの成功、大都市と地方の連携強化 東京オリンピック・パラリンピックは、全国各地の魅力とともに、東日本大震災などから復興した日本の姿を、全世界にアピールする絶好の機会であります。盛り上がりを見せたラグビーワールドカップに続く、さまざまなスポーツの世界大会や、2025大阪・関西万博などの国際ビッグイベントの経済効果を地域に波及させるとともに、人材や富の循環を通じて、東京をはじめとする大都市と地方の連携を推進し、真の地方創生の実現を目指してまいります。
(3)ストック効果の高い社会資本の整備促進、震災復興・福島再生観光振興や地方創生の取り組みを支え、加速するのが、整備新幹線、高規格幹線道路、港湾整備、コンセッションを活用した空港民営化などの社会資本整備であり、常態化する大規模自然災害に耐え得る国土強靭化の方策と合わせ、政府に強く求めてまいります。災害に強い地域・中小企業をつくるためのBCP策定支援を、各地商工会議所と共に、保険会社などと連携し、強力に推進してまいりたいと思います。 東日本大震災からの復興、福島の再生については、われわれの要望が実り、復興庁の設置期間が10年間延長される見通しとなりました。日本商工会議所は、そうした動きに合わせて、自立した地域経済の再生に向け、中長期を見据えた活動・支援を、今後とも全力で展開してまいります。
4.日本商工会議所の活動指針 私はこの6年間、ブロック懇談会や観光振興大会、青年部、女性会の全国大会をはじめさまざまな機会に全国各地を訪問し、まちづくりの現場や課題解決に取り組む会員企業の方々と接してまいりました。あらゆる場面で、商工会議所が地域・中小企業の発展・成長に向け、積極果敢にリーダーシップを発揮して取り組まれている姿に出会い、商工会議所の果たす役割の重要性を実感いたしました。
(1)「現場主義」と「双方向主義」の実践による政策提言・実現力の強化 今期においても各地商工会議所との緊密な連携の下、会員企業と丹念に対話を重ねる「現場主義」と、商工会議所の活動を丁寧に説明し、現場の意見を政策にまとめて現場に返す「双方向主義」をさらに徹底し、現場の声を、各種の規制・制度改革、持続可能な全世代型社会保障制度の構築、中小企業対策などを実現する政策提言の強化に生かしてまいりたいと思います。
(2)商工会議所「ネットワーク」の最大活用、新たな時代の商工会議所へ 会員企業や地域のニーズが多様化する中、各地商工会議所は、自主自立しながら、地域の多様な主体と連携協働を図り、それぞれの地域で必要とされ、選ばれる組織となっていかなければなりません。
日本商工会議所は、商工会議所が自身のデジタル実装によりサービスの高度化・効率化を図る「スマートCCI」化、ITなどを活用した経営支援業務の効率化・高度化、組織・財政基盤の強化、人材育成・働き方改革の推進を強力に支援してまいります。 また、とりわけ小都市商工会議所などに対し、会員増強などの各種の専門人材派遣や、オンラインによるセミナーや会議の開催を通じた情報提供・意見集約など、きめ細やかな支援に積極的に取り組んでまいります。
商工会議所の創始者である渋沢栄一翁が、NHK大河ドラマの主人公や、新1万円札の顔となることが決定したことは誠に喜ばしい限りです。「企業は利益を上げなければならないと同時に、公益についても考えなければならない。両者は高い次元で両立する」という渋沢翁の「道徳経済合一説」の考え方には、現代的な価値があると考えます。この機会に、より多くの方に渋沢翁の思想を伝えるとともに、商工会議所についてもよりよく知っていただき、商工会議所活動に参画していただけるよう「商工会議所の見える化」をさらに強力に進めてまいります。各地商工会議所におかれては、政府や地方自治体とのコミュニケーションの強化、会報の全戸配布などの地域や会員企業の理解促進に向けた活動をさらに展開していただきたいと思います。
5.結びに 第31期の3年目に当たる2022年、日本商工会議所は、設立100周年を迎えます。現在の日本商工会議所は、時代の求める役割を十分に果たしているのか、次の100年に向けて、何を変え、何を変えざるべきか、どのように進化・変革を遂げていくべきか、皆さまと共に考えてみたいと思います。
課題先進国といわれるわが国において、商工会議所の最大の強みは、全国515商工会議所、125万会員ネットワークの存在と、具体的・個別的な課題をはっきり認識していることです。 一つ一つの課題を解決し、日本経済の成長の後押しをすることに、皆さまと共に挑み続け、中小企業や人が輝く地域・日本をつくり、次代へとつないでいく。それがわれわれ商工会議所の進むべき道・果たすべき役割であり、私は先頭に立って、全力を尽くして、この使命を果たす覚悟であります。以上(11月21日)
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