本業の業績が停滞している、あるいはもっと多くの客層にアピールできることがある、と経営者が感じているなら……。それは、新たなビジネスに踏み出すチャンスでもある。本業があるからこそあえて異分野へ挑み、新たな事業の柱とすべく奮闘している経営者に迫った。
まったく畑違いの経営者が一人で アーバンワイナリーを始めた狙い
「異分野へ挑む経営者」の中でも、船戸電機社長の船戸隆博さんは大胆な決断をしたと言えそうだ。本業の制御盤・分電盤の設計・製造とはかけ離れた異分野であるワイナリーを一人で立ち上げて、一人で運営しているからだ。
ワインカレッジに3年間通いワインづくりを学ぶ
愛知県春日井市の船戸電機は、現社長の船戸さんの父が創業した会社。1967年11月の創業当初は電気業(販売・設備工事)を営んでいた。船戸さんは20歳の頃に入社し、父に代わり実質的に経営に携わり89年2月、事業を制御盤・分電盤などの設計・製作に移行した。
電機業界を取り巻く環境は、他業界同様に厳しさを増している。最低賃金の引き上げを含む人件費の高騰、人口減少を背景とした人手不足……。下請け、孫請けの立場では取引先の買いたたきに遭うこともある。 「会社が生き残るためには、今までとは違うことをしなければならない、という思いは常にありました。ただ、開発体制も開発費も乏しい現状ではそれが難しかった。一方で父が興した電気関連事業とは違う、自分がやりたい事業をやりたい、という思いもありました。そんなとき、たまたまワインづくりという発想が浮かんだ。運命としか言いようがありません」
船戸さんにワインづくりの経験があるわけではない。そこで、本業と並行してワインの生産に取り組む人材を育成する研修「ふくいワインカレッジ」の2期生(2019年度生)となった。ブドウ栽培技術に始まり、ワイン醸造法、ワイン分析と工程管理、ワインの熟成・貯蔵、ワイナリー設立計画などを座学で学び、白山ワイナリー(福井県大野市)で実習を経験して21年度に卒業した。カレッジではワインづくりの知識に加え、ワイン業界関係者との人脈づくりができた。ただ、自前のブドウ畑を保有しているわけではないし、名古屋のベッドタウンとして発展した春日井市では地代も人件費もかかるので、ブドウの生産から始めたのでは採算が取れない。さまざまな方策を検討した末に選んだのが「アーバンワイナリー」(ブドウ畑を所有せずに都市部でワイン醸造を行うワイナリー)だ。電機業界の会社の新市場進出ということで、金融機関の後押しもあり22年、経済産業省・中小企業庁の「事業再構築補助金」を申請して認められた。
23年8月に「春日井ワイナリー春の風」の開所式を行い、山形県の農家から4tのブドウを仕入れ、2000ℓの果汁(ワイン3000本弱に相当)を搾って仕込みを行った。 「(白山ワイナリーでの作業経験はあるが)、ブドウを一から仕込んでワインをつくるプロセスを経験したことがなかったので四苦八苦しました。仕込みの過程で“事件”が起こるたびに、白山ワイナリーの谷口一雄社長に教えを請いました」
本業は、取引先の要望通りの製品を寸分の狂いもなくつくらなければならない「1+1=2の世界」。だが、ワインは「1+1が2になるとは限らない。そこが面白いし、いくら経験を積んでもイメージ通りのワインをつくるのは難しいかもしれない」と語る船戸さん。12月には初めての白ワインが完成し、初めてつくったワインの味をこう表現する。「私のイメージ通りではありませんでした。でも、悪いワインかといわれれば悪くない、むしろおいしいワインでした」。船戸さんはワインづくりの奥深さを楽しんでいる。
本業から切り離し ワイン事業を丁寧に育てる
船戸さんは、ワイナリー事業を船戸電機の事業とは切り離した。万が一軌道に乗らなかった場合、本業に悪影響を与えるからだ。専従は、船戸さん一人。ワインの仕込みや熟成などほとんどの作業を一人で行い、瓶詰め作業のような人手が必要なときだけ、船戸電機の従業員に応援を求める。 「従業員の本音は『社長は好き勝手ばかりやってしょうがないな』でしょうが、ワインづくりは日常の作業とは違うので、悪口を言いながらも楽しんでいるようですよ」と、笑顔を見せる船戸さん。普段から従業員との良好な関係が目に浮かぶようだ。
3年目を迎えたワイン事業。採算が取れているわけではない。採算にのせるには6000本つくる必要があるが、船戸さん一人では不可能だ。
だが、できる範囲で知名度を上げ、社会貢献にもつながる試みを続けている。その一つの例が「椙山(すぎやま)ワイン」。24年に椙山女学園大学(名古屋市)が、春日井ワイナリーとブドウ農家・葡萄のふくおか(愛知県日進市)と連携して「Sugiyama Wine Project」を企画、学生が畑作業で育てたブドウを使って、ワイナリーで仕込み作業を行い、愛知の特産品を目指したオリジナルワインを完成させた。 「ワインは、お酒の中で唯一水と熱を使わずブドウの果汁だけでつくります。複雑な工程を踏まなくてもできるので、今年は新しく設置したコンクリートタンクを使って個人がオリジナルワインをつくるプロジェクトを進めています」
販売ルートも構築中だ。酒屋や通販ルートも利用しているが、今は口コミでファンが広がっていて、ワイナリーへの訪問客も増えている。メディアに取り上げられる機会が増えて船戸電機のPRにもつながっている。 「ゆくゆくは事業の柱がもう1本できれば」と考えていると話す船戸さんは、自ら立ち上げたワイナリー事業の“熟成”に期待をかけている。
とはいえ、現時点では社会貢献の意味合いも強い。春日井市は名古屋のベッドタウンとして開発されてきたため、酒文化が希薄だ。そこで春日井ワインという特産品をつくりたいという思いがある。
エチケット(ラベル)デザインには、障がいのあるデザイナーたちに依頼している。船戸さん自身は、障がい者というレッテルの下で働いてもらうことを好まず、きちんと作品を評価して採用し、契約書を交わし、使用料を支払っているが、結果として障がい者雇用の貢献になっている。
会社データ
社 名 : 株式会社船戸電機(ふなとでんき)
所在地 : 愛知県春日井市御幸町2丁目4-18
電 話 : 0568-31-8081
HP : https://www.funato-denki.jp
代表者 : 船戸隆博 代表取締役
従業員 : 10人(パート・アルバイト含む)
【春日井商工会議所】
※月刊石垣2025年5月号に掲載された記事です。