約10年間他社で修業し、家業の自動車整備工場に入った上園(うえぞの)文也さん。だが、前職の経験を生かした提案は、先代にことごとく反対されてしまった。そこで、家業から独立して選んだのが支援センターを介した、第三者承継の道だ。〝良縁〟を手繰り寄せ、業界きっての幸福度ナンバーワン企業を目指す。
スムーズに起業すべく第三者承継を選択
事業承継した若手経営者の多くが、「家業を継ぐつもりはなかった」と口にする。だが、上園文也さんは逆だ。地元の川内商工高等学校機械科を卒業後、父である先代の方針で、愛媛県の自動車整備工場で約10年間修業を積んだ。2016年に家業に入ると専務取締役に就いた。自動車整備士資格を有する、頼もしい後継者である。だが、上園さんが吹かせる〝新風〟に、難色を示したのがほかでもない先代だった。
「車の衝突安全性能の向上やコロナ禍で、主力の鈑金(ばんきん)塗装業の需要は激減していました。定期点検などの整備に力を入れてみてはどうかと提案しましたが、聞く耳を持ってもらえませんでした」
経営陣の対立構造は、社内に悪影響を及ぼしかねない。その上、自身も新しいことに挑戦したいという思いが日に日に募り、上園さんは独立を決意した。また、昨今の物価高騰や人材不足で、起業リスクは高いとも感じていた。
「そこで選んだのが、第三者承継です。既存の取引先や顧客、設備を引き継げば、初期投資を抑えつつ事業を軌道に乗せやすいと考えました。売り手を自力で探してみたものの、思うようにいかず、たまたま鹿児島商工会議所で、第三者承継の相談窓口となる機関があると耳にし、取引銀行に詳細を聞いて、紹介してもらったのが、『鹿児島県事業承継・引継ぎ支援センター』でした」
事業譲渡に事業承継・引継ぎ支援センターを活用
同センターから第三者承継を希望する事業者リストを提示されて、目に留まったのが雅商会だった。
雅商会は鹿児島市内にある自動車関連サービス業者で、1987年に初代の栫(かこい)雅哉さんが28歳で立ち上げた会社だ。自動車のエンジンオイル卸業、火山灰対策の自動車ボディーの磨きやコーティングなど、自動車関連事業を横展開して地域経済に貢献してきた。だが、栫さんは60歳を過ぎて視力が低下。コロナ禍による業績低迷や、親族内承継も社内承継も候補者がなく、同センターに相談していた。
「車両の磨き作業もオイルの販売代理店業も未経験でした。でも、秘密保持契約を結んで、過去の決算書を見せてもらうとピーク時の売り上げは約6000万円。直近は約2000万円と下降していましたが、2000万円切っていない今なら、まだ業績を回復できると判断しました」と上園さん。
同センターを介して複数回の面談を繰り返し、栫さんの経営者としての人柄や実績に、信頼を寄せていったという。
「センターが契約条件の調整や、リーガルチェック担当の弁護士との対応など、サポートをいろいろしてくれたこともあって、事業譲渡はスムーズに進みました」
