前号で、創造性とは「ゼロからイチを生む」だけではなく、「異なるものを融合させて新しいものを生み出すこと」でもあり、そのためには身の回りの要素を丁寧に見つめ直し、そこに潜む関係性を見いだす力が重要だと書きました。
そうした力によって生み出され、またそうした力を喚起するモノとして、私がデザインしたものに、変形能力と移動能力を備えた家具型ロボット群「Furnituroids(ファニチュアロイズ)」があります。これらは変形・移動することで、人がその場で意味を見いだせるようにした家具型ロボットです。例えば水平なテーブルは、背の高い人にはベンチに、徹夜で疲れた人にはベッドにもなり得ます。Furnituroidsも、形や向き、置かれる場所によって、ライトだったモノが、仕切りや背もたれ、踏み切りのようにも見えてきます(※1)。つまりこれらは、単に家具の機能をロボットにしたのではなく、人がモノやその場所に潜む意味を自ら見いだすためにつくった装置群なのです。
ここで大事なのは、機能と意味は必ずしも同じではないということです。変形・移動できるという機能に対し、家具としての意味は人が見いだすものであり、状況や個人によって変化します。私は、こうした個人による意味の発見こそが、試行錯誤としてのプロトタイピングの核心だと考えています。
このFurnituroidsの発想も計画的に始まったわけではありません。IKEAで家具をたくさん眺めた後にライト型のロボットをつくり、モータの向きを間違えたことに気付かぬまま動かしたら予期せぬ動きが妙に面白かった。失敗作のはずのモノが新しい意味を帯び始めたのです。研究やデザインは、最初から答えがあるわけではありません。むしろ「うっかり」「たまたま」「予期せぬ発見」から飛躍する。とりあえず歩き出し、面白そうな方向へ曲がる。プロトタイピングは、そういう当てのない散歩や旅に近いのです。失敗や偶然から生まれた形が、やがて思いがけない意味を帯び始める。試作とは、そうした意味の芽に出合うための、いわば逍遥(しょうよう)なのだと思います。
※1 https://www.youtube.com/watch?v=d0UQbaKJRpw
慶應義塾大学 中西泰人研究室 ▶︎▶︎https://unitedfield.net/

