前号では、家具型ロボット群を例に、機能と意味は必ずしも同じではない、と書きました。モノの意味は、あらかじめ固定されているのではなく、人や場所や状況との関係の中で立ち現れてくるものです。使い方が決まっているように見えるモノであっても、置かれ方や組み合わされ方が変わることで、思わぬ意味を帯び始めることがあります。
そのことを、また別の角度から教えてくれるのが、井上千聖(ちさと)さんが手掛ける「ケーブルいけばな※1」です。井上さんは電機メーカーに勤務しながら、いけばな草月流の師範でもあり、ケーブルやヘッドフォンを花材のように扱う作品を制作しています。草月流には、「いつでも、どこでも、だれにでも、どのような素材を使ってもいけられる」という考え方があります。いける対象が花だけに限らないその自由さを生かし、現代の生活空間の中で新たなかたちを取ったものの一つが、ケーブルいけばななのでしょう。
