昨年開催された大阪・関西万博で、私は誘致段階の会場計画のディレクションとシグネチャーパビリオンnull²(ヌルヌル)の建築設計を手掛けました。null²は、ボクセルと呼ぶデジタル空間記述の単位を組み合わせた建築で、鏡のような外観には2年をかけて新規開発した特殊な膜材を用いています。膜でできているので、硬く無機質な印象に反して柔らかく、その特性を生かすために張力構造で曲面をつくったり、ボクセルの中に仕込んだウーファーやロボットアームで面を動かしたりしています。ウーファーのうなり声と文字通りヌルヌル動く様子が、どこか始原の生き物のような印象を与えます。
私が活動を行うNOIZは、先端的なデジタル技術を駆使する設計事務所です。この領域では、プログラミングやAIを設計や施工過程に用いるだけではなく、竣工後の使われ方や建築が生み出すデータの方に建築のデジタル化の可能性を見る流れが強まっています。デジタル世界はいくらでも複製やバリエーションの拡張が可能なのに対して、物理世界は唯一絶対の存在だと対比的に考えられがちですが、デジタルと物理とは、精緻に掘り下げるほど境界があいまいになる連続的な一つの領域です。AI技術の急速な進展により物理世界とデジタル世界の融合が加速する中で、建築や都市は多様な情報を束ねる没入型デバイスとしての機能も持ち始めています。
AIやロボットが急速に社会に浸透し、人とそれらのデジタルエージェントが日常空間で混在するようになっていくと、建築はただの箱であることを超えて、人やロボットのコミュニケーションを積極的に媒介し、独自の知能を備えたエージェント(行為主体)としての機能を持つようになります。詳細は省きますが、その方が複雑な社会はずっとうまく回るのです。
そんな未来を見通すと、建築に生命が宿る世界もそう遠くない現実だということが理解できます。建築が呼吸を始めれば、建築の価値や在り方は大きく変わります。最初に動く瞬間の驚きを体現するには、見かけはむしろ無機質な方がいい。null²は、その瞬間を体現する建築なのです。
東京大学生産技術研究所5部 豊田研究室 ▶︎▶︎https://www.commonground.iis.u-tokyo.ac.jp/

