内閣府はこのほど、「令和元年度年次経済財政報告」(経済財政白書)を公表した。白書では、(1)日本経済の現状、(2)労働市場の多様化、(3)グローバル化が進む中での日本経済──を柱に、それぞれの課題を整理した。特に(2)の労働市場の多様化については、生産性向上や人手不足解消などの観点から高齢者や女性、外国人などの活躍を促すことが望ましいとし、長期雇用や年功的な賃金制度が特徴である「日本的雇用慣行」の見直しの重要性を強調した。特集では、白書の概要を紹介する。
第1章 日本経済の現状と課題
○日本経済は、内需を中心に緩やかな回復が続いているが、中国経済の減速などから輸出や生産活動の一部に弱さが見られることに留意が必要。
○輸出の減少は、世界的な情報関連財需要の一服や中国経済の減速などにより、中国向け輸出が2018年以降低下していることが主な要因。それに伴い生産も一部で弱含んでいる。世界の半導体出荷は、19年は減少が見込まれており、情報関連財需要の調整は当面続く見込み。
○中国経済減速の影響は、海外向け出荷比率の高い生産用機械、電子部品・デバイスなどの生産に現れている。
○設備投資の緩やかな増加傾向の背景として、高水準の企業収益、人手不足感の高まりなどがある。
○ただし、輸出の減少は、製造業を中心に設備投資を下押しするため、海外経済の動向には注意が必要。
○生産年齢人口が減少する中、女性や高齢者の活躍推進により就業者数は増加を続けており、実質総雇用者所得も増加を続けている。こうしたことを背景に、消費は持ち直しを続けている。ただし、若年層で消費性向が低下しているなど、雇用・所得環境全体の改善に比べると消費の伸びは緩やかにとどまっている。
○消費を持続的に増加させるためには、現在だけでなく将来を含めた雇用・所得環境の安定が重要。また若年層の消費喚起には、教育費の負担軽減、労働時間の短縮も効果が見込まれる。(図1)
○若者を中心に完全自動運転搭載車の購入意欲は高く、また働く女性を中心に家事代行ロボットの購入意欲は高い。ソサエティー5・0に向けた取り組みを一層強化することで、消費を刺激する効果が期待される。
○キャッシュレス化は消費者の利便性を高め、事業者の生産性向上に資する。半数近くの者でキャッシュレス決済の利用頻度が高い。現在キャッシュレス決済を利用していない層にもキャッシュレス化のメリットについて周知を図ることが重要。(図2)
○企業の人手不足の状況を年齢別に見ると、若年層ほど人手不足感が高い。売り上げが伸びている企業、離職率が高い企業ほど人手不足感が高くなっているほか、賃金水準が低い企業ほど人手不足感が高い。
○人手不足への対応は、採用増や待遇改善による従業員確保が主となっており、省力化投資を行う企業の割合は2割程度と限定的。人手不足感があるとする企業は労働生産性が低く、資本装備率も低い。労働生産性を上昇させることにより、人手不足を緩和するとともに、賃金の上昇にもつなげることが重要。(図3)
○AI(人工知能)などの活用が進んでいる企業ほど柔軟な働き方が進んでいる。労働生産性への影響が大きいRPA(ロボットによる業務自動化)を始め、ソサエティー5・0に向けた取り組みを強化し、省力化投資や柔軟な働き方を積極的に進めることが重要。
○基礎的財政収支の対GDP比は、歳入の増加などにより赤字幅が縮小している。
○消費税率引き上げの経済への影響は、幼児教育の無償化などの措置により2兆円程度に抑えられる一方、消費税率引き上げに対応した新たな対策として2・3兆円程度を措置している。
○先進国では、労働市場の改善にもかかわらず物価が上がりにくくなっており、世界経済の一部に弱さが見られる中で、金融緩和が継続されている。
第2章 労働市場の多様化とその課題
○多様な人材が働ける環境を整備することは、雇用者の観点からは、働く意欲のある女性や高齢者の活躍を促すとともに、価値観の多様化に対応するために重要。
○多くの企業において、女性、高齢者、外国人、障がい者などの多様な人材の活躍が進んでいる。多様な人材の活躍が進む背景として、企業側の観点からは、人手不足が深刻になっているとともに、新しい発想や専門的知識を持った人材などが求められていることがあるが、労務管理の複雑化などに対する懸念も見られる。(図4)
○企業による多様な人材の活躍を推進するためには、柔軟な働き方やワーク・ライフ・バランス(WLB)の改善などの働き方を変革すること、長期雇用と年功序列などを特徴とする日本的な雇用慣行を見直すこと、職場において管理職が適切にマネジメントを行うことなどが特に重要である。(図5)
○多様な人材がいる職場で働く際に雇用者が必要と思う制度として、柔軟に働ける制度、仕事範囲の明確化などを求める声が多く、企業側でも必要と考えられる改革とおおむね一致。
○多様な人材の活躍には、新卒の通年採用の導入など、企業における採用制度の見直しも求められる。
○65歳以上の雇用者の活躍については、定年年齢や継続雇用制度の在り方についての見直しが必要。特に、賃金の大幅低下や長い労働時間は高齢者の就業に対する意欲を大きく低下させる可能性が高い。
○企業側としても、高い専門性を持つ者、健康で働く意欲が高い者などは65歳以降も雇用したいと考えている。また、必要な取り組みとして、柔軟な働き方、職務の明確化、キャリアモデルの再構築などを挙げる企業が多い。
○多様な人材の増加は、生産性の向上、人手不足の解消などの効果が期待できる。ただし、多様な人材の活躍に向けた取り組みとセットで行うことが非常に重要であり、多様な人材はいるが、それに対応した取り組みを行っていない企業は、多様な人材がいない企業よりも生産性が低くなる可能性がある。
○高齢者の増加については、他の世代から人手不足の緩和や助言が得られるといった評価する声がある一方、賃金や昇進に影響があるとの指摘もある。ただし、分析結果を見ると、高齢層の増加が若年層の賃金や雇用(採用)を抑制するとの関係性は確認されない。
○全体として雇用者が伸びる中で外国人労働者も増加している。
第3章 グローバル化が進む中での日本経済の課題
○日本の経常収支は黒字で推移してきたが、その内訳は大きく変化し、貿易黒字が大幅に減少する一方、海外からの投資収益など所得収支の黒字が着実に増加。日本は、機械など複雑度の高い製品に競争力を有してきたほか、国際的な技術取引やインバウンドの増加など、サービス貿易でも競争力が向上。
○さらに、日本企業の海外展開が進む中で、海外企業の買収を含む対外直接投資が増加。財やサービスの貿易面に加え、海外拠点や買収先企業からの投資収益などにより、世界で稼ぐ力を高めている。
○世界貿易量は、関税の低下をはじめとする貿易の自由化や、グローバル・バリュー・チェーン(GVC)の進展とともに、2000年代まで急速に拡大。近年では、17年に伸びが高まった後、18年には、中国経済の緩やかな減速や世界経済を巡る不確実性の高まりなどから、世界貿易の伸びが鈍化。
○アジアでは、中国が部品などを輸入・加工して完成品を生産するサプライチェーンが構築されており、過去20年で急速に拡大。こうした中、日本の生産は、情報関連財を中心に、中国の最終需要に大きく依存しており、今後の米中間の通商問題や中国経済の動向には留意が必要。(図6・7)
○米中間の通商問題によるアジアの日系現地企業への影響について、中国では中国国内向け販売比率が高く、輸出先も日本向けが過半。中国と密接な関係のある地域ではマイナスの影響が指摘されており、通商問題の動向には不透明感が高いことから、引き続き注意が必要。
○英国はEUとの間で緊密なサプライチェーンを構築。英国のEU離脱に対し、日系現地企業では、一部に具体的な取り組みを行う企業も見られるが、多くの企業では不確実性の高さから対応があまり進んでいない状況。
○米国・メキシコ・カナダの新たな協定(USMCA)について、自動車など一部ではマイナスの影響を懸念。
○グローバル化の恩恵として、輸出や対外直接投資などを行う企業は少数だが、そうでない企業と比べて、生産性や雇用者数、賃金の水準が平均的に高い。また、輸出を開始することや、海外企業との共同研究・人材交流などを行うことで、企業の生産性が向上する可能性がある。
○他方で、貿易を行うことで産業内での技能労働への需要が高まり、高い技能を持つ労働者と技能の低い労働者の賃金格差につながる可能性もある。グローバル化した経済で競争力を保ちつつ、格差拡大への対処として、教育訓練の強化や雇用の流動性の確保、セーフティーネットの整備を行うことも重要。
白書の全文などはこちらを参照。https://www5.cao.go.jp/keizai3/whitepaper.html
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