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真壁昭夫の経済底流を読み解く 世界経済に重大な影響を与える新型肺炎

中国で発生した新型コロナウイルス感染症による混乱は、中国だけではなく、わが国をはじめ世界経済に重大な影響を及ぼしつつある。すでに中国政府は感染の拡大を阻止するため、一時、武漢を事実上封鎖するなど厳戒体制を敷いた。中国政府は企業に感染対策の徹底を求め、中国の経済活動は大きく落ち込んだ。

1日当たりの感染者数の増加ペースが幾分か和らいだことや、中国の専門家が「4月に肺炎が終息する可能性がある」との見解を示したこともあり、一部の市場参加者は先行きを楽観しつつあるが、新型肺炎の拡大が、世界経済の“ヒト・モノ・カネ”の動きに重大なマイナスの影響を与えたことは間違いない。

一部には、今回の新型肺炎を2002~03年に発生したSARSになぞらえる見方があるが、当時の中国経済の状況は現在とは大きく異なっている。当時、中国経済はまだ上昇過程にあったが、現在は減速傾向が明確化している。しかも、世界経済に占める割合は4%から16%に上昇し、影響力は高まっている。今後、中国では企業の活動が停滞気味に推移し、成長率の低下や過剰な生産能力の増大から債務問題(灰色のサイ)が深刻化する恐れがある。さらに、消費者物価が上昇しており、中国経済の不安定性は一段と高まる。新型肺炎が世界経済に与える影響は過小評価できない。

世界のサプライチェーンの重要拠点である中国の経済活動の混乱を受け、世界各国の企業に負の影響が波及し、世界のIT業界の活動に急ブレーキをかけている。アップル製品の組み立てを行ってきた台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業や和碩聯合科技(ペガトロン)の工場では、肺炎の影響から生産活動の低下を取り戻せない可能性がある。中国の半導体需要は世界全体の50%程度を占める。中国での生産活動の正常化が遅れると、世界の半導体産業には資材・部品の調達などの面で影響が及ぶ。わが国でも観光や自動車の生産に影響が表れている。中国の操業再開を慎重に考える企業も多く、業績への影響は軽視できない。

中国では、経済の先行き懸念が高まり、企業の資金繰りにもかなりの影響が出ている。また、株式、不動産などの資産価格への影響も懸念され、金融市場の安定感にも変化が表れつつある。信用不安などを食い止めるために、今後、中国政府は金融・財政政策を総動員するとみられるが、不動産バブル崩壊や景気減速懸念がさらに高まると、資金を海外に持ち出す人が急増するだろう。そうしたリスクを抑えるために、中国人民銀行は銀行に対する特別融資を行っている。

今後の中国経済の景気減速懸念は徐々に高まる可能性があり、雇用・所得環境は不安定化が続くとみられる。その中で物価が上昇すれば、中国の個人消費は一段と落ち込むことも懸念され、中国経済に依存してきた東南アジアや南米の新興国、さらにはオーストラリアなどの資源国の景気減速の一因となり得る。また、米国経済に与える影響も軽視できない。近年の米国経済を支えてきた一部のIT先端企業の中国依存度はかなり高い。中国での生産活動が大きく阻害されると、それらの企業の業績の不安定性は高まる。すでに米中の貿易摩擦などにより世界のサプライチェーンが混乱し、世界的に製造業部門の景況感は低迷している。新型肺炎はそれに拍車をかけている。

また、建設機械やエネルギーの需要などでも、米国企業の収益下振れリスクは増大しつつある。中国の物流が停滞したり、消費がさらに落ち込んだりすることにより、中国の対米輸入が伸び悩み、トランプ大統領が重視する対中貿易赤字の削減が思うように進まなくなることもあるだろう。それは対中圧力の増大につながり、世界経済を下押ししかねない。

足元の世界経済は米国の個人消費に支えられ、どうにか安定感を保っている状況だ。その中で米国の企業業績に懸念が高まれば、徐々に労働市場の改善と個人消費は鈍化する可能性がある。新型肺炎は、世界各国の先行きの景気に関する不安を高める重要なファクターの一つと考えるべきだ。(2月16日執筆)

まかべ・あきお 1953年神奈川県生まれ。76年、一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。83年7月ロンドン大学経営学部大学院卒業。メリルリンチ社ニューヨーク本社出向などの後、市場営業部、資金証券部を経て、第一勧銀総合研究所金融市場調査部長。現在、法政大学大学院教授。日商総合政策委員会委員。『はじめての金融工学』(講談社現代新書)など著書多数。

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