北は鳥海山、南には月山を望む山形県酒田市で、創業以来〝薄焼き〟に特化したせんべいをつくり続けている酒田米菓。同社の看板商品である『オランダせんべい』は、発売から半世紀を超え、東北のソウルフードとして広く親しまれている。それにしてもなぜオランダなのか? なぜ東北限定なのか? 誕生秘話を追いながら、その謎を紐解(ひもと)いてみる。
米屋が1等米でつくったこだわりの洋風せんべい
最初に種明かしをすると、ヨーロッパにあるオランダとは何の縁(ゆかり)もない。パッケージがオランダのナショナルカラーのオレンジなのも偶然で、風車のイラストも〝後付け〟だという。
「庄内地方の方言で『私たち』を『おらだ』と言い、『おらんだ』は『おらだ』がなまったものです。地元の『おらだ米』でつくった『おらだせんべい』という意味ですが、それでは語呂が悪いので、『オランダせんべい』となりました」と製造元の酒田米菓社長、佐藤栄司さんは名前の由来を解説する。
同社は、もともと米の小売で昭和26年に創業した。その後、米を加工してせんべいのもととなる「生地」の製造も手掛けるようになり、やがて自社でせんべいをつくるに至った。その第1号が「オランダせんべい」だ。創業者で初代社長の佐藤栄一氏は、原料にこだわったという。一般的なせんべいは、俗に〝くず米〟と呼ばれる未熟粒を使うケースが多いが、米によって味がまったく違うことを熟知していたため、ご飯として食べられるうるち米の1等米を使った。また、大手メーカー品と差別化するため、厚さ2㎜と薄くし、あっさりした塩味の洋風せんべいを目指した。
「当時は薄く仕上げるのが大変でした。ほとんどが手作業だし、米に含まれるでんぷん質の関係で、一度均等に延ばしても、温度や湿度の影響で縮んだり、縁(ふち)が波打ったりしてしまうんです。でも、苦労して出来上がったせんべいは、パリパリした食感があとを引き、見た目も洗練されていて、『オランダせんべい』を名乗るにふさわしい出来栄えになりました」
なぜか東北でしか売れず「東北限定」で大ヒット
昭和37年に販売を開始し、一時は関東あたりまで販路を広げた。しかし、なぜか東京ではさっぱり売れなかったという。
「売れたのは東北だけ。当初は一斗缶で売っていたため、農家などがお茶菓子として買うケースが多かったのかもしれません。そうした動向を受け、次第に東北だけで売られるようになりました。商品パッケージの下に『東北限定』と入っていますが、私は『オランダせんべい東北限定』までが商品名だと思っていますよ(笑)」
東北で好調な売れ行きを続けた理由は、ローカルテレビでCMを流したことも大きい。往年のアイドル歌手や人気声優を起用したCMをお茶の間に届けたことで、飛躍的に認知度が上がり、ピーク時には年間2億枚を生産。いつしか「東北のソウルフード」と言われるまでになった。
ところが、その勢いに影を落としたのがBSE問題だ。汚染された牛由来の物質をとると病気を発症する恐れがあり、平成13年に日本でも大きな社会問題になった。同商品には旨味調味料として牛由来のアミノ酸が使われていたため、即座に使用を中止したところ、「何となく味が変わった」「風味が落ちた」などの声が寄せられ、売れ行きは徐々に落ちていった。
「BSEが国内で収束したあと、牛由来ではないアミノ酸を使って昔の味に戻す手もありました。でも、一部にアミノ酸自体を嫌がる人がいたため、代わりに米と塩しか使っていない『米と塩のうすやき』という商品をつくりました。心配な方にはこちらを選んでもらうことにして、昔ながらのファンのために、『オランダせんべい』に旨味調味料を復活させました。すると正直なもので、売れ行きが回復していったんです」
親子で楽しめる観光工場化で地域に恩返し
平成26年11月、佐藤さんが社長に就任したあと、観光工場を目指して自社工場を見学できるように改築し、その2階にカフェをオープンした。これは創業者が30年前に、地域の人が気軽に立ち寄れる場所にしたいと思い描いていたもので、頓挫したままになっていた計画を佐藤さんが実現した形だ。
「『オランダせんべい』を支えてくれている地域に恩返しするのが目的ですが、工場内に直売スペースを設け、適正価格で売りたいという思いもありました。長年の不況ですっかり低価格路線が定着していましたが、いいものは高く売るべきというのが私の考え。そういう意味で、観光工場はデフレスパイラルを脱却する足掛かりでもあるんです」
工場の見学コースを歩くと、製造工程の説明のほか、創業当時に使っていた古い機械が陳列されていたり、「1アール(アール=100㎡)の水田から獲れた米で何枚のオランダせんべいがつくれるか?」といったクイズなど、子どもから大人まで楽しく学べる工夫が随所に散りばめられている。同商品のイメージキャラクター「オランダちゃん」がナビゲートしてくれるので、約400mにも及ぶコースをまったく飽きずに見学できるのだ。見学後は2階にあるカフェで各種スイーツが味わえるとあって、平日でも県内外から多くの親子連れが訪れるという。
佐藤さんの次なる野望は、海外展開だ。
「実は『オランダせんべい』が近々オランダで販売されることになったんです。山形県出身でオランダ在住の方が、息子のフェイスブックを見て、『ぜひこちらで売りたい』と連絡をくれまして。日本の面白い商品を集めてオランダを中心に移動販売をしているそうで、『いいですよ』と返事をしました。これをきっかけに、今後さらに海外にも目を向けていきたいです」
東北のソウルフードに、オランダの人はどんな反応を示すのか実に興味深い。
会社データ
社名:酒田米菓株式会社
住所:山形県酒田市両羽町2-24
電話:0234-22-9541
代表者:佐藤栄司 代表取締役社長
設立:昭和41年
従業員:70人
※月刊石垣2016年6月号に掲載された記事です。
最新号を紙面で読める!