三富染物店
神奈川県三浦市
江戸時代から続く手法
神奈川県三浦半島の先端にある三浦市三崎はマグロのまちとして知られる。多くの漁船が漁に向かい、取った魚をここで水揚げしていく。この地で大漁旗を製作している三富染物店の創業は天保4(1833)年で、もともとは幕府の御用職人だったという。
「江戸時代は戦ののぼりや藍染めのはんてんなどを幕府に納めていました。うちは鎌倉時代からこの辺りの武家だったようで、お寺の過去帳では寛永7(1630)年ごろの記録も残っています。ただ、染物屋としてのもっとも古い記録が天保4年なので、その年を創業年にしています」と、創業者から七代目となる三冨由貴(よしたか)さんは言う。三冨さんは六代目である父實仁(じつひと)氏と一緒に毎日ここで染め物作業を行っている。
「実は大漁旗の歴史はそれほど古いものではなく、大正末期ごろからつくられるようになったといいます。うちは漁港に近いことから、江戸時代から続く染め物の伝統的手法で大漁旗をつくるようになったようです」
大漁旗は船が漁から戻ってくるときに港に大漁を知らせるための旗だが、三冨さんによると、その起源には諸説あるという。「船の所有者を表す縦に細長い印旗が大漁旗になったという説や、昔は大漁のお祝いに船主が漁師におめでたい柄を染めたはんてんを配ったそうで、それではあまりにも費用が高くつくので、代わりに同じ図柄で旗をつくったのが大漁旗の始まりなどという説もあります」
今では大漁旗は、新しい漁船の進水式で航海の安全と大漁を祈願する知人や関係者から贈られることが多いという。
50年以上で「まだまだ」
「染め物に関しては、やっている技術や手法は江戸時代からまったく変わっていません。ただ、その技の継承に時間がかかります。父はもう50年以上やっていますが、それでも自分はまだまだだと言うほどです」と言う三冨さん。15年ほど前、大学を卒業してから家業に入ったという。「あまり美術のセンスがない気がして、学生時代は自分にこの仕事は向いていないと思っていました。でも、お客さまであるおじいさんがお孫さんのためにうちで祝い旗をつくって喜んでいる姿を見たりすると、いい仕事だなと思うようになりました。港の漁師さんたちからも、お宅がやめたら困るなどと言われたりすることもあり、それじゃあ頑張らなくちゃと思って家に戻ってきました」
大漁旗の製作には以下の6つの工程がある。①下絵、②のり置き、③色付け、④のり落とし、⑤乾燥、⑥仕立て。このうちののり置きが一番重要で、技術的にも一番難しく、「自分も15年やっていますが、まだ修業が必要です」と三冨さんも苦笑いする。のり置きに使うのりはもち米とぬかを混ぜて煮たもので、その配合や火加減によってのりの粘度が変わるため調整が難しい。こののりを下絵に沿って塗り、のりが乾いたら布全体に色を塗っていく。のりの部分には色が付かないため、布を洗ってのり落としをすると、のりの部分だけが白い線として残り、特徴のある染め物が出来上がる。
「下絵はセンスのある母が描き、のり置きは父、その後の作業は私と、分担してやっています」
変化に対応して挑んでいく
大漁旗の製作は昭和40〜50年代が最盛期で、進水式で百本もの大漁旗を上げた船もあった。現在では、多くても30本ほどに減っていると、三冨さんは言う。「漁業に関わる会社や人が減ったので、大漁旗を贈る人も減少していきました。新しくつくる船の数そのものも減っています。その代わりに今では、飾り旗とか祝い旗と呼ばれる子どもの誕生や端午の節句、開店や結婚式、還暦などのお祝いに贈る旗の注文が増えています。特に子どものお祝い用の旗が多いですね。今はこいのぼりを上げる場所がない家も多いので、室内に飾る祝い旗の需要が増えています。今年はテレビで少し紹介されたので、全国から注文がきます」
戦ののぼりから大漁旗へ、そして祝い旗へと、時代ごとの需要の変化に対応してつくるものを変えていくことができたのも、伝統的な手法を守りながらも常に新しいものに挑んできたからだと、三冨さんは胸を張る。「技術は変わりませんが、その作成の対象を少しずつ変えてきたということです。平成2年、父の代に神奈川県で大きなイベントが開催された際、有名な画家の方々の絵を原画に、大きな旗をつくったこともあります。技術的に大変だったと思いますが、そのおかげでいろいろと新しいものにも取り組めるようになりました」
お祝い物なので常に心を込めてつくっているという同店の大漁旗や祝い旗は、これからも贈る人から贈られる人へお祝いの気持ちを伝えていくことだろう。
※かながわ産業Navi大賞2017で三富染物店は「優秀賞」を受賞しました。
プロフィール
社名:三物店
住所:神奈川県三浦市三崎1-10-9
電話:046-881-2791
代表者:三冨實仁
創業:天保4(1833)年
従業員:3人
※月刊石垣2017年11月号に掲載された記事です。
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