人間の体は食べ物からつくられる。その食べ物を消化・吸収し、不要なものを排せつしているのが腸だ。また、免疫や代謝、解毒など人間の生命維持に欠かせない重要な役割も担っている。だが、その機能は年齢とともに低下する。そのメカニズムとおなかの健康維持について、江田クリニック院長の江田証先生に聞いた。
江田 証(えだ・あかし)
江田クリニック院長
なぜ、年齢とともに弱くなるのか
突然おなかがゴロゴロして駅のトイレに駆け込んだ、緊張するとおなかが痛くなる、下痢や便秘を繰り返す……。そんな経験のある人は、意外に多いのではないでしょうか。かつては暴飲暴食してもびくともしなかったという人でも、年齢とともにおなかが弱くなるのはよくあることです。
その大きな理由は、まず胃の粘液の分泌が落ちることです。胃には食べ物を消化するために、胃酸が分泌されます。胃酸は胃を溶かしてしまうほど強力ですが、それでも溶けないのは粘液が胃壁を保護しているからです。ところが、加齢によって粘液の分泌量が減ってくると胃の働きも悪くなり、食べ物が十分に消化されないまま腸に送られるため、腸がオーバーワークになってしまうのです。
もう一つは、小腸の吸収力の低下です。若いころは食べ物の栄養の大半を小腸で吸収し、大腸に移動してくるのはほぼ搾りかすでした。しかし、小腸の吸収力が低下すると、栄養の残った内容物がそのまま大腸まで届きます。すると大腸内で富栄養化(赤潮現象)が起こり、そこにすむ腸内細菌が劣化して、おなかが張ったり、ゴロゴロしたり、下痢や便秘を引き起こすのです。
また年齢にかかわらず、ストレスは腸の不調を招きます。その代表例が「過敏性腸症候群」で、文字通り腸が過敏になって、腹痛や下痢、便秘を起こすほか、さまざまな全身症状の原因にもなります。もし、腹痛や下痢が1カ月に2回以上起こり、排便すると症状が和らぎ、腹痛時に下痢や便秘を繰り返すという3つの条件に当てはまるようなら、過敏性腸症候群が疑われます。これは若い世代に比較的多いとされていますが、ストレス社会といわれる現代においては、実に日本人の1~2割に見られるトラブルです。つまり、おなかの不調は年齢を問わずに誰にでも起こりうることなのです。
おなかの不調はさまざまな病気のシグナル
自覚症状があるにもかかわらず放置していると、思わぬリスクを抱える場合があります。
例えば、年齢とともにおなかが弱くなった人は、ピロリ菌が関与しているケースが少なくありません。ピロリ菌は井戸水などに生息する風土菌で、胃炎や胃がんの原因となります。かつて井戸水を飲んでいた世代はピロリ菌を持っている可能性が高いので、一度病院で検査を受けて有無を確かめ、しかるべき対処をすることをおすすめします。
ほかにも懸念されるのは「アリアケ菌」です。大腸内には100兆個もの腸内細菌が住んでいて、健康な腸では善玉菌、悪玉菌、日和見菌がそれぞれ2対1対7の割合で共存しています。その様子をお花畑に見立てて「腸内フローラ」と呼んでいますが、そのバランスが崩れると、「アリアケ菌」という有毒な菌の発生リスクが高くなります。この菌は、特に肥満になりやすい食生活を送っていると発生しやすいことが分かっています。発がん性物質を生み出し、大腸がんや肝臓がんを引き起こす原因となるので要注意です。
過敏性腸症候群の代表的な症状は下痢と便秘で、下痢は男性に多く、便秘は女性に多い傾向があります。どちらも腸の運動機能の変調で、ほかにも吐き気や嘔吐、食欲不振、膨満感、ガス、残便感などが起こりやすくなります。また、腸の運動は自律神経とも関係しているため、一見おなかとは関係のない頭痛、だるさ、めまい、肩こりといった不調が表れることもあります。
いずれにせよ、排便すると症状がなくなるか軽減されるケースが多いため、つい我慢しがちですが、現在では症状に合った効果的な薬もあります。ぜひ一度病院を受診してみましょう。
〝快腸〟は食生活の見直しから始めよう
弱った腸の機能を高めて健康な状態を保つには、食生活の見直しが欠かせません。
加齢による機能低下の場合、常に意識してほしいのが「おなかに負担をかけない食べ方」です。いわゆる早食いや一度にたくさん食べるドカ食い、不規則な食事時間や間食など、食生活で思い当たる人はすぐに改めましょう。まずは1日3食を心掛け、ゆっくりよくかんで食べるようにすると、おなかに優しく、また食べる量も減らせます。
さらに、何を食べるかも重要です。胃の働きを助け、腸内細菌バランスを整えてくれる食べ物を、日々の食事に積極的に取り入れるのも効果的です。例えば、でんぷんやタンパク質を分解する酵素が豊富な大根、ピロリ菌を殺菌する作用のあるブロッコリー、胃炎の改善に効果的な青魚、胃腸の粘膜を保護するネバネバ食品、腸の善玉菌を増やしてくれる発酵食品などがおすすめです。詳しくは次のページで紹介するので、参考にしてみてください。
また、腸の働きに悪影響を及ぼすストレスは、その日のうちに解消するように、自分に合った解消法を見つけましょう。特に、少し汗ばむくらいの運動は非常に有効です。大腸に関しては、運動すると炎症を抑える効果が高まるほか、腸内細菌を劣化させる肥満の解消にもつながるので一石二鳥です。
こうしておなかが元気になれば、どんなものでもおいしく食べられ、その栄養がきちんと吸収されて活力が湧き、仕事でも私生活でも高いパフォーマンスが発揮できるようになります。また腸内の免疫細胞も活性化して、病気にもかかりにくくなります。肌つやもよくなり、前かがみになりがちだった姿勢も伸びて、見た目も若々しくなります。まさにいいことずくめです。会食や飲む機会の多い今の時期こそ、〝快腸〟を目指すいいタイミングではないでしょうか。
過敏性腸症候群で注目される「FODMAP(フォドマップ)」
「FODMAP」という炭水化物に含まれる特定の糖質が注目されている。これらを多く含む食品をとると、大腸の腸内細菌によって異常発酵が起こり、腹痛、下痢や便秘、腹部膨満感などの不調が表れやすいことが最新の研究で分かってきた。過敏性腸症候群の人は、特に症状を悪化させないように、食品に含まれるFODMAPをチェックし、低FODMAPの食事を心掛けるとよい。3週間続けると、体調の変化を実感できるはずだ。
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