安心堂
静岡県静岡市
長年培ってきた信頼
徳川家康が晩年を過ごした駿府城のある静岡市に拠点を持つ宝飾品・時計専門店の安心堂の創業は明治45(1912)年。初代当主の永田龍之介さんが、東京・神田で小間物屋を兼ねた時計修理店を開いたのが始まりとされている。昭和10年代前半に店を静岡に移し、現在では静岡県内に直営店を7店舗、海外に2店舗展開している。
「私にとって祖父にあたる初代は、天下泰平の世を築いた家康公にならって静岡に移りました。そして繁華街に『安心堂時計店』の看板を掲げ、本格的な時計修理の商いを始めたのです」と三代目当主であり、現在の代表取締役社長である永田正明さんは説明する。
静岡に移ってからは初代の長男である正雄さんと次男・嘉雄さんが大八車を引いて街中を回り、「お代金は1週間後にちゃんと動いていたらいただきます」と言って時計修理の注文を受けていたという。また戦時中には、顧客から預かった時計を防空壕に運び入れ、空襲から守ったそうだ。
「安心堂という店名も、お客さまに安心していただきたいという思いから付けられました。そうやって培ってきたお客さまの長年にわたる信頼が、弊社にとって一番の強みであり財産なのです」
そして戦後の昭和25年には二代目の正雄さんが会社を株式会社化。時計以外に宝飾品・メガネ・美術品なども取り扱うようになった。
「このとき、宝飾品の修理とデザインができるようになりたいという思いから、自社に加工部門を設立しました。これにより社員のレベル向上を目指したのです」
〝美〟の追求から生まれる顧客への提案
日々のたゆまぬ努力が実り、昭和30年にはスイスの高級腕時計ブランドであるオメガの販売権を取得。45年には、オメガスピードマスターのアポロ11号月面着陸記念モデルの販売数で単独小売店としては世界一を達成した。その後はロレックス、パテック・フィリップなどから相次いでオファーを受けるようになった。
同時に海外にも店舗を展開していく。45年には海外1号店となるロサンゼルス店をオープン。51年にはパリにも出店した。特にパリ店は高級宝飾店が並ぶラ・ペ通りに店を構え、パリの一流宝飾時計店で組織されるコミテ・ヴァンドームにも加盟した。
「パリの店は、商品を販売するだけではなく、ヨーロッパの商品を仕入れるチャンネルとしても活用しています。高級宝飾店が並ぶ通りに店を構えているという信頼から、スイスやフランスなどの老舗企業とも取引ができるようになりました」と永田さんは言う。これが他店との差別化につながり、店の側から顧客にさまざまな提案ができるのだという。
「当社の経営理念は〝真・善・美の創造〟。特に〝美〟の追求に力を入れています。多くの長寿企業にはポイントとなる売れ筋の商品があるかと思いますが、当社の場合はそれが、美の追求によって可能になる、お客さまへの一味も二味も違ったご提案なのです。それも、安心堂が100年続いてこられた理由の一つだと思います」と永田さんは自信を持って語る。
販売は商売の始まり
3代続く安心堂だが、顧客も親・子・孫と代々続いていることが多いという。それは長年培ってきた顧客との信頼関係があるからだと永田さんは話す。
「良い商品を提供することはもちろんですが、アフターサービスをしっかりすることも重要です。当社では購入していただいたお客さまのところに営業マンが定期的にお伺いして点検し、良い状態で使っていただけるようにしています。決して営業目的ではないのですが、その際にお客さまから新たなご注文をいただくこともあります。これもまた、お客さまとの信頼関係があるからこそです。当社では、販売して終わりではなく、そこが商売の始まりだと思っています」
このような地道な活動で安心堂は地域にしっかりと根を下ろしている。これこそが地元の人々に愛され続けるゆえんなのだろう。
「当社の強みは、〝お客さま〟と〝信頼〟のほかに、もう一つ〝社員〟が挙げられます。私は社員に対して『美しい物に感動する心を持ちなさい』と伝えているのですが、社員が自らを磨いて美に対する感性を追求しているからこそ、彼らがじかに接するお客さまにもそれが伝わり、当社を選んでいただく理由にもなっているのです」
これからも全国展開より地域で一番を目指すという安心堂。安易な拡大路線に走らず、地域で愛される店であり続ける。
プロフィール
社名:株式会社安心堂
所在地:静岡県静岡市葵区横内町43
電話:054-245-1151
代表者:永田正明 代表取締役社長
創業:明治45(1912)年
従業員:約200人(業務委託含む)
※月刊石垣2015年9月号に掲載された記事です。
最新号を紙面で読める!