Q 老朽化した駅前ビルの地下1階でカラオケ店を経営しています。雨漏りや停電が起きるたびに大家さんが修繕していましたが、とうとう大家さんから「明け渡してくれ」と言われました。他のテナントは退去しましたが、当社は出て行く気がありません。1年前から休業を余儀なくされ、毎月1000万円の損害が出ています。老朽化の影響で、営業が再開できるまで、この損害を請求し続けることはできますか?
A 大家さんには修繕義務がありますが、莫大な費用が掛かろうともやらなくてはいけないわけではなく、客観的な物理的状況次第で賃貸借契約は終了します。法的には、老朽化の程度・修理の経緯などで結論が異なります。実際問題としては、明け渡す方向で双方の損害を極小化するのがベストでしょう。
修繕義務って何?
民法では、修繕は賃貸人(大家さん)の義務と定めています(民法606条)。修繕義務のポイントには次のような点があります。
まず、義務の範囲です。修繕義務は、当然に「使用および収益に必要な」範囲に限られます。使用収益は、契約で定められます。
賃借人の協力義務についても確認してみましょう。通常、賃貸借の対象物は、賃借人に引き渡されています。そこで、建物を修繕する際は内部に入る必要があり、修繕に必要な範囲で賃借人は協力する義務があります。
次に、修繕不履行と賃料債務、損害賠償を見てみましょう。修繕義務は法律上の義務なので、不履行の場合、生じた損害は賠償請求できます。また、賃料支払い義務は使用収益の対価なので、修繕義務不履行で使用収益に支障があれば一定の合理的範囲で、その支払いを拒めます。
なお、修繕は賃借人もできます。絶対に賃貸人が負うというものではないので、一定の範囲で賃借人の義務としても差し支えありません。
損害賠償が請求できるのはどの時点までか
賃貸人の修繕義務不履行は、損害賠償の理由となります。その範囲は、「通常生ずべき損害」です。質問のような店舗の場合、営業利益がこれに該当します。
問題は、いつまでが対象期間になるかです。原則的には、修繕して再び営業使用できるまでです。本件では、修繕が不能に近いか、多大な費用が掛かる状態なので、建て替えに匹敵する費用を掛けて修繕する義務はないでしょう。また、これまでたびたび修繕しても、すぐに再修理が必要な状態となっていることからも、修繕義務の有無は大いに疑問です。こうなると、使用不能のところへ居座り賠償をとり続けるという賃借人の態度は、是認されないでしょう。
したがって、客観的に修理が不合理となり、賃借人が移転を選択していれば移転できた時点あたりまでが、賠償請求の限度と考えられるでしょう。
話し合いで早期解決を
本件の場合、老朽化して修繕で賄いきれないとか、物理的には利用可能だが、経済的にはとても無理という状況であれば更新拒絶の正当事由になり、賃貸借終了の可能性が出てきます。また、契約期間は残っていても、建物の状況から、賃貸借はもはや目的を終了したと判断される可能性もあります。加えて、賃貸借契約締結時点の事情(すでに老朽化が進み、今回のような問題の発生が容易に予見できた場合など)によっては、契約自体に、問題が発生した時点で終了となる暗黙の合意があったとされる可能性もあります。そのような場合には、立ち退かないでいるほうが不当なので、営業損害の請求どころか大家さんへ損害を賠償しなければなりません。
今回の場合、実際の状況によって判断が分かれる難しい問題ですが、話し合いで早期解決を図り、移転するのが現実的な解決策となります。
(弁護士 芥川 基)
今回のポイント
損害賠償を請求し続けるのは難しいでしょう。話し合いで、解決していきましょう。
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