日本は、災害の多い国だ。地震をはじめとして、われわれは災害と隣り合わせに生きているといっても過言ではない。災害への備えとしての防災商品への意識は年々高まり、数多くの商品が売られている。そうした防災商品の中でも多くの消費者の支持を集めているヒット商品は、いかにして生まれたのか─。
事例1 使う人の身になって状況別に防災セットを開発
ファシル(静岡県静岡市)
昭和50年の創業以来、長きにわたり防災頭巾をつくり続けてきたファシル。古くから東海地震の発生が予想されている地域ということもあり、同社製品は県内の小中学校などに広く導入され、防災意識の定着に一役買ってきた。さらに東日本大震災後、防災のノウハウと被災者の声をもとに、いざというときに役立つ防災グッズを次々と開発し、需要をつくり出している。
「災害文化」の根付く地に防災頭巾メーカーとして起業
大地震、水害、土砂崩れなど、この数十年に日本各地でさまざまな災害が起こっている。防災は、どんな地域に住む人にとっても、決して他人事ではない。とはいえ、災害に備えて万全の準備や対策を講じるのは容易なことではない。そこで「これがあればひとまず安心」といえる各種防災グッズを開発・製造しているのがファシルだ。
同社は、昭和50年に防災頭巾の開発で創業し、当時の社名は静岡防災だった。
「ちょうど東海地震説がささやかれ始めたころです。多くの活断層が走る静岡県では、いつ大地震が発生してもおかしくないと考えた私の母が、何かできることはないかと始めたのが、防災頭巾づくりなんです」と同社社長の八木法明さんは説明する。
そうした理由から、静岡県では住民の防災意識が高く、災害時にどのような行動をとったらよいかなどの知識や経験が蓄積され、独自の「災害文化」が根付いている。そんな地で、同社はいち早く防災グッズに着目したわけだ。
ひと口に防災頭巾といっても、ただ頭部を覆えばいいというものではない。落下物から頭を守る耐衝撃性や耐貫通性、火の粉が飛んできても燃えにくい防炎性などを備えていることが必要だ。また、周囲の音を聞くための耳穴が設けてある、かぶったときに視界を遮らない、皮膚に触れてもかぶれにくいなどの機能も求められる。同社は当初から品質にこだわり、衝撃吸収性試験、防炎製品性能試験、耐洗濯性試験、接触性皮膚障害などに対する試験をクリアし、全国に先駆けて昭和57年に日本防炎協会の認定を取得する。10年後の平成4年からは6年間の無償修理保証を付けて、市内の小学校を中心に営業に回った。
「災害が起きたとき、防災頭巾があるとないとではまったく違います。それを各学校に説明して理解を得ていき、学校生活協同組合と業務提携しながら普及に努めました。その結果、小学校入学時に防災頭巾を購入するのが通例になりました。そこで当社製品は専用のカバーに入れ、座布団や背もたれとしても使えるように工夫しています」
子どもが使うとすぐに真っ黒に汚れるそうだが、同社製品は洗濯機で何回洗っても中綿が寄らず、生地もへたらないので、小学校卒業後も中学校で使い続けるケースが多いという。現在、一部地域を除く県内全域で採用されている。
災害時のトイレを巡る現状から「トイレセット」を発案
防災頭巾専門メーカーとして不動の地位を築いた同社は、7年に社名をファシルに変更する。その後も防災頭巾がメインだったが、東日本大震災以降は防災グッズ全般に手を広げた。
震災後の余震や防寒対策として、国際NGO団体『セーブ・ザ・チルドレン』から防災頭巾1万8000枚の注文を受けました。また、28年の熊本地震では車中泊で避難されている方が多いと聞き現地に赴いたのですが、特に印象に残ったのは、仮設トイレが汚く、臭く、しかもほとんどが和式だったこと。これでは被災者のストレスがさらに増大すると思いました」
そこから八木さんは簡易トイレの開発に乗り出した。念頭に置いたのは、どこでも簡単に組み立てられることと、必要なトイレ用品が一式そろっていることだ。そこで段ボール箱を洋式便器に見立て、その中に汚物入れポリ袋を装着する形態にした。消臭凝固剤、長尺トイレットペーパー、耐圧1tの保管袋、防水カバー、フード付きポンチョをセットして、20回使用できるものにした。
保管袋や防水カバー、ポンチョまでセット内容に加えたのは、あらゆる状況を想定したためだ。単なる汚物入れだけだと、きつく縛ったつもりでも臭いが漏れてしまう。厚さのある丈夫な袋にまとめて入れておけば、消臭対策になる。防水カバーは、雨の日などに使用する際、段ボールがぬれて壊れないようにするためで、ポンチョは用を足すときに人から見えないようにするためのものだ。こうしたきめ細かい配慮は、実際に被災した人の声を反映した結果である。
完成した「まるごと組み立てトイレセット」は、積極的に展示会に出展してアピールした。そのかいあって、28年秋のプライムギフトコンテストで、見事大賞を受賞する。それを機に注目が集まり、売れ行きを伸ばしている。
小さな箱に大きな安心が入った「防災セット」が人気
今年に入り、同社は新たに「防災・安心セット」を発売した。7年間保存可能な水とクッキー、軍手、使い捨て携帯トイレ、アルミブランケット、簡易ライト、防じんマスク、ホイッスル、伝言カードとペンの計10点を、コンパクトな箱に一式セットしたものだ。開発のきっかけは、北海道で起こった事故だ。大雪で車が立ち往生し、ガソリンが底をついて、中に乗っていた親子のうち父親が凍死してしまったのだ。
「もし、このとき防災グッズの備えがあったら、このお父さんは亡くならずに済んだかもしれません。大雪に限らず、渋滞や通行止めなどで、車内に長時間閉じ込められることもあり得ます。そんなときのために、車載用の必要性を感じたんです」
こうして誕生した業界初の「車載用防災セット」は、トイレセットに続きプライムギフトコンテストで大賞を受賞したほか、内閣府の防災推進協議会・防災安全協会の推奨品にも認定された。同社では一般販売のほか、車メーカーとの連携も視野に入れた販促活動を行っている。今年10月には、カイロ、ポケットティッシュ、3wayポンチョ、反射材付き手袋などを追加した車載用防災セットの新製品を発表する予定だ。またシリーズ商品として、帰宅困難者向けセットも開発。企業の備品用に営業を展開しており、多くの引き合いが来ているという。
同社が防災グッズの開発で重視しているのは、災害の経験者やユーザーの声である。実際に備えていたものが、いざというとき使い物にならなかったという話が少なくないからだ。
「想定外のトラブルは起こってみないと分かりません。当社ではそういうことがないように、今後もさまざまな声に耳を傾け、品質を重視し、必要な実験を行って、『これのおかげで助かった』と言われるものをつくり続けていきたいと思っています」と八木さんは締めくくった。
会社データ
社名:ファシル株式会社
所在地:静岡県静岡市駿河区下川原6-26-22
電話:054-258-0214
代表者:八木法明 代表取締役
従業員:19人
※月刊石垣2017年9月号に掲載された記事です。
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