事例4 まちが光らなければ商店街は輝かない
柏二番街(千葉県柏市)
千葉県北西部にある柏市は人口約41万人。その中心部にある柏駅にはJR常磐線と東武野田線が乗り入れている。特に東口駅前は若者向けの店が多いことから「東の渋谷」とも呼ばれている。そんな柏駅のすぐ駅前にあるのが、柏二番街という商店街だ。今でこそ連日地元の若者たちでにぎわっているが、そこに至るまでには、商店街の長年にわたるたゆまぬ努力があった。
新規百貨店と共存する
柏二番街の原点は、昭和40年に「京北通り商店会」が結成されたことにある。その後、46年に商店街の名称を柏二番街に変え、現在に至っている。その商店街に大きな転機が訪れたのは48年のことだった。当時の出来事について、柏二番街商店会の理事長を務める石戸新一郎さんはこう振り返る。
「柏駅前の再開発で2軒の百貨店がオープンし、駅から百貨店までがダブルデッキで結ばれた。そのためお客さまがデッキから降りずに百貨店に行ってしまうようになったのです。このままでは商店街が潰れてしまうのではという危機感を持ちました。そこで商店会で勉強会や視察などを行って対策を考え、商店街に千葉県では初めての全蓋アーケードを建てて百貨店と商店街をつなげることにしました。これにより、百貨店へやって来たお客さまが百貨店にはないものを求め、天候を気にすることなく商店街へ移動できるようにしたのです」
柏二番街は、百貨店と競合するのではなく、共存するという道を選んだのだ。「今の百貨店と違うのは、当時は百貨店がお客さまを呼び、柏駅前の商圏が広がったのです。そのおかげで、商店街にも人がやって来るようになったのです。たしかに百貨店の主力商品である衣料品店などはダメージを受けましたが、飲食やほかのサービス業に業種転換すればお客さまは増えたので、商売を続けていくことができたのです」
ところで、柏駅前に一番街はない。なのになぜ二番街なのか。
「アーケードをつくる前に商店会で各地を視察した際、大阪の阪急三番街(阪急梅田駅直結のショッピングセンター)が気に入り、何番街と名付けようということになった。そこで、常に挑戦して一番を目指す商店街にしていきたい。そう思って、二番街としたのです」
まず二番街に来てもらう
全長約250mの柏二番街には、平日3万人、休日には4万人もの通行者が行き交う。しかも休日の通行者の約6割は35歳以下だ。マーケティング調査では「柏に来たらにどこに行くか」という質問に対して「柏二番街」という答えがもっとも多かったという。
このように柏二番街に若い人が集まるようになったのは、商店街内の商店が共同して、若者をターゲットにした商店街づくりに取り組んできたからだという。
「平成7年に老朽化したアーケードをリニューアルして商店街が明るくなったのを機に、全店舗のリニューアルも図りました。そうして若い人が柏に来たら最初に二番街に行くという流れをつくっていきたかった。その後で、ここからほかのところに行ってもらう。まちをつなぐハブのような商店街にしていこうと考えたのです。そのためのプロモーションやイベントをずっと続けてきました」(石戸さん)
その言葉通り、9年には柏二番街の情報誌『パサージュ』を季刊で発行してまちの情報発信を開始。10年からは柏二番街商店会が主体となってストリート・ミュージシャンのコンテストを開催するなど、柏駅周辺で若者向けのイベントを次々と仕掛けていった。
また、この頃になると、東口駅前の商店街のさらに外側に、古着屋やカフェ、セレクトショップなどの若者向け個人商店が集まるようになる。当時流行していた「裏原宿(通称ウラハラ)」をもじって「裏柏」、通称「裏カシ」と呼ばれ、柏駅前全体が若者のまちとしてにぎわうようになっていった。
「まず、まちのイメージづくりが重要なのです。イメージがよくないまちに人は来ない。そしてまちのイメージづくりの中で、二番街の名前をいろいろな形で刷り込んでいく。お客さまの頭の中に『柏=二番街』とインプットされれば、柏に来たらまず二番街にと思ってもらえるようになりますから」
動き続けてきたから今がある
さらに最近では、商店街の店の人が講師となって専門店ならではの専門知識を店で教えてくれる「二番街達人塾」の開講(年1回)、商店街内に2基のデジタルサイネージ(映像により広告や情報を表示する電子看板)の設置、無料Wi-Fiサービスの開始など、さまざまな形で商店街に人を呼び込む戦略を続けている。石戸さんはこう胸を張る。「商店街もまちも常にアクションを起こしていかないとだめ。そうでなければまちは止まり、まちは終わってしまう。次のアクションを起こせなくなってしまうのです。時計は振り子が動いているかぎり100年でも200年でも動くが、止まってしまうと錆びついて動かなくなってしまう。それと同じです。柏二番街も昭和48年から動き続けてきたからこそ今があるのです」
平成12年からの5年間、柏でも郊外に4つのショッピングセンターが次々とでき、多くの子連れ客はそちらに流れてしまった。だが柏二番街はすでに大型店進出の経験があった。また客層のターゲットを若者にしていたこともあり、大きな影響はなかったという。そしてこれからの商店街活性化について、石戸さんはこう力説する。
「商店街の活性化にはヒト・モノ・カネだけでなく、そこに〝場〟というマーケットをどうつくっていくかが重要。もう一つはまちのイメージをつくるブランディング。まちが光らず商店街だけ光るなんてありえません。そしてまち全体を変えるための都市デザインを理解すること。これができるリーダーでないと、これからの商店街は活性化できない。いま全国で頑張っている商店街には、それを分かっているリーダーが必ずいる。最初からできる人なんていません。分からないことは人に聞けばいいんです」
昨年に創立50周年を迎えた柏二番街。時計の振り子はこれからも動き続ける。
※月刊石垣2016年4月号に掲載された記事です。
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