山陽の教育拠点と謳われた興譲館を見守る扁額
全国高校駅伝の強豪校として知られる井原市の興譲館高等学校は、1853年に一橋家の有志により郷校「興譲館」として設立されました。初代館長を務めた漢学者の阪谷朗廬(さかたにろうろ)は、一橋家に仕官していた渋沢栄一と親交が深く、栄一は朗廬を「自らの主義を貫いた、先見の明のある人」と高く評価していました。1926年に興譲館が財団法人となった際、朗廬の息子・阪谷芳郎は栄一を相談役に推薦し、栄一も了承しています。
開校当時から残る興譲館の校門には、栄一が揮毫(きごう)した「興譲館」の扁額が掲げられています。この校門は現在岡山県指定の史跡として保存されており、間近に書を楽しむことができます。
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