業種や社風は違っても長く暖簾(のれん)を引き継いでいる長寿企業には、いくつかの共通点がある。そうした長寿企業が持つ強さの秘密に迫る。
総論 “コア能力”に対する大きな自信と継続への強い執念が長寿企業を生む
田久保 善彦氏/グロービス経営大学院 研究科長
日本に長寿企業が多い理由、そしてそれら長寿企業が持つ特徴、強さについて、『創業三〇〇年の長寿企業はなぜ栄え続けるのか』(東洋経済新報社)を監修した、グロービス経営大学院研究科長の田久保善彦さんに話を聞いた。
変化が緩やかな業種に長寿企業が多い
――なぜ日本には長寿企業が多いのでしょうか? また、どういった業種に多いのでしょうか?
田久保 日本に長寿企業が多い理由についてよく語られるのが、歴史的側面と文化的側面。歴史的側面では、海外から侵略されていない、江戸時代から読み書き・そろばんなどの教育水準が高かったことなどが指摘されています。文化的側面では、家を守る、継続重視の文化、農耕的民族性、三方良しの事業観などがよく語られます。
確かにこの二つは非常に大きな要因だったと思いますが、これだけで語られてしまっては、現代の経営者に示唆がありません。私はそこに、経営的側面も大きな役割を果たしていたと考えています。
そこで、長寿企業にはどのような事業や業態が多いのかを見るために、ビジネスの業種を図1のように分類してみました。
それを見ると、変化の幅が小さくて変化のスピードが緩やかな左下のA型、つまり、歴史的に見てビジネスの業態があまり変わらないところにビジネスのコアがある企業が、長寿になりやすいという傾向があります。また、変化の幅は大きいけれどもそのスピードは緩やかなB型の業種にも、長寿企業は多くあります。
これの真逆(まぎゃく)が右斜め上のD型で、変化がすごく速く、機能の変化もすごく大きい。カメラのフィルムやレコード、フロッピーなどは、もうほとんど商品そのものが消滅してしまいました。
300年以上続いている企業は、ほとんどがこのA型かB型のどちらか二つに入っています。
――これらの長寿企業にはどのような特徴がありますか?
田久保 大きく分けて三つあります。その一つ目は自分たちのコアになる能力は何かを理解していること。コア能力というのは、その企業が持つ、時代を超えて通用する本質的な独自の能力のことです。事業の環境変化により生まれた表面的な能力ではなく、自分のビジネスの根幹が何によって支えられているかを理解しているのです。
自分たちの本質を理解しているからこそ、企業の理念や価値観は一定のまま、たとえ時代が変わって求められるものが変わっても、それに合った価値を顧客に向けてつくり直すことができるのです。
二つ目は身の丈経営(図2)。平時も有事も身の丈でやっていくということで、すごく伸びているときでもあまり無理をしない。たとえ大きなもうけ話があっても、自社のコア能力と関係なければやらない。平時は平時でコストミニマムで淡々とやっていく。こういうことがすごく強みになっています。
ただし、いざとなれば大胆な意思決定ができる面も持っていて、業績が危機的状況に陥ったときには思いっきり大胆な改革ができる。それを支えているものは何かというと、とにかく事業を続けなければいけないという執念です。
そして三つ目が理念や価値観の伝承。長寿企業のそれらが特殊かというと、実はそうでもない。日本の多くの企業で経営理念として使われている言葉を並べてみると、300年企業が言っていることとそんなに変わりません。
では何が違うのかというと、その徹底度合いです。例えば多くの会社に「人を大切にする」という言葉がありますが、創業370余年の月桂冠では「人の一生を大事にする」と書かれている。この二つの言葉は似ているようで意味が全く異なる。月桂冠では一生どころかOB・OGの物故者法要を50回忌までやっているのです。
つまり言葉だけ見ると、普通の企業と長寿企業はそれほど変わらないのですが、理念や価値観を遂行する徹底度合いが圧倒的に違うのです(図3赤字部分)。
時代に合わせた〝変化〟で生き残る
――長寿企業はビジネスにどのような姿勢で臨んでいるのですか?
田久保 今年10%伸ばそう、来年も10%伸ばそう、でも再来年はよく分からない……という経営ではありません。今年も1%、来年も1%、再来年も1%なんだけど、100年続けて1%ずつ伸ばしていこうというような、成長よりも継続が目的の事業展開を行っているように見える企業がほとんどです。
かといって新しいことを何もやらないわけではない。逆に長寿企業の経営者たちは、実はすごくチャレンジしているんです。ただし、それは身の丈経営の範疇(はんちゅう)内で、しかも自分たちのコア能力が関係する分野でのチャレンジです。一世一代の大勝負をしない最大の理由は、先祖代々続いてきた会社を俺の代でつぶせないという継続への執念があるからです。
もちろんチャレンジをしていくなかで数々の小さな失敗をしています。でも、その中のいくつかは成功することもある。失敗しても自分たちの屋台骨が揺るがないチャレンジを続ける。そして次のもの、次のものへとやり続けているのです。さらに、成長のための成長ではなく、継続のための成長。そして〝変えたくないものを変えないために、変えていいものを変えていく〟という姿勢も挙げられます。
つまり、会社のコア能力や社訓といった、どうしても変えたくないものを絶対に変えないために、変えてもいいと思うところは変えてしまって時代に合わせていくということです。コアな部分を変えないために時代に合わせて変化する。こうした経営方針で長寿企業はこれまで生き残ってこれたのです。
――そのような長寿企業のトップに求められる資質は何ですか?
田久保 必要な資質として挙げられるのは、まず謙虚であること。うぬぼれたりおごったりせず、まず顧客の声に耳を研ぎ澄ませる。そして社会の流れ、景気、顧客のニーズの変化といった、自分がコントロールできないものに対しては、それを謙虚に受け止め、対応していく経営者が多いです。
もう一つが、神事・祭事・仏事をとても大事にしていて、絶対にあらがえないものを自分の上に置いている。多くの長寿企業には、会社の敷地内に神社があったりします。神様というあらがうことのできない存在を意識することで、自分たちが万能だと思ったり、暴走したりしてしまうことを防いでいるのです。
老舗企業の社史などを見ると、中興の祖がこういう素晴らしい家訓を残したなどと書かれている一方で、まったく記述がない経営者もいる。そういった方々は、経営者としては目立ったことはなかったのかもしれませんが、会社をつぶさず次の代につないだという大きな仕事をしたわけです。ある意味それが重要であって、全ての経営者が二重丸である必要はありません。
トップに就いた瞬間に次の後継者を育てる意味
――次の後継者にうまくバトンタッチしていくために、長寿企業はどのようにしているのですか?
田久保 いくら会社が発展しても、良い後継者がいなければ続けていくことができません。逆におかしくなっていく会社によくあるのが後継者問題です。長寿企業に特徴的なのは、後を継がせるのは長男や実子にはこだわらないこと。実子がその器ではないと判断したら、長女の優秀な婿とか番頭とかに平気で継がせてしまう。つまり、「氏」より「家」を守るんです。血のつながりよりも家を守るということを徹底的に行ってきている。
長く続いている会社というのは、新しい人がトップに就いた瞬間、次の後継者を育てることが大きなミッションになっています。そういう自覚がない経営者が、いつまでも自分が若いと思って、後継者を育てることもなく、知らない間に老害になっていたなんていう会社は、長続きせずにダメになってしまうのではないかと思います。
また、ファミリー企業でないと長寿企業になれないというわけでもありません。私が調べた創業300年以上、売上50億円以上の69社のうち、非上場で創業家が経営しているのは47%(図4)。でも逆にいえば、半分以上は上場していたり、非創業家が経営しているということです。
――新興企業が長寿企業から学ぶべきポイントには、どのようなものが挙げられますか?
田久保 やはり継続させることに適した土俵で戦っているところが長寿企業になっているといえます。良い土俵というのは、最初に申し上げた図1でいうとA型やB型の業種です。変化が大きくて、しかもとても速い電子産業などは、どうしても他社との激しい競争になり、日々のイノベーションが必要になる。結局、体力があるところしか勝つことができず、最後に残るのは一社だけなどという状況にもなってしまうのです。
新規事業をやるのならば、華やかで参入しやすいC型やD型ではなく、A型かB型を考えたほうが良いと思います。その余力でC型やD型にも進出して事業の幅を広げていく。また、最初はC型D型で始めたのだとしたら、それから徐々にA型B型のビジネスにシフトしていけば良いのではないでしょうか。
いずれにしても重要なのは、自社のコア能力は何かをしっかりと見定め、身の丈に合った経営を行い、そして企業の理念や価値観を後継者や社員に伝承していく――そういった当たり前のことをしっかりと積み上げていくことが大切なのだと思います。
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