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まちの解体新書 伝統行事を継承し地熱発電で地域を照らす

犬っこまつり:毎年2月の第2土曜日とその翌日曜日に開催。約400年続いている湯沢地方の民俗行事

ここは秋田県の“湯沢”

「新潟県の湯沢と間違えませんでしたか」と開口一番尋ねるのは、湯沢商工会議所の和賀幸雄会頭だ。「実は“湯沢”違いによる笑うに笑えない話が結構あるんです。実際、当社が発注した部品が新潟県の湯沢に運ばれてしまったことがありました」と笑顔で話す。

秋田県湯沢市は、同県最南部に位置し、山形県と宮城県に接する内陸のまち。平成17(2005)年3月に、湯沢市、稲川町、雄勝町、皆瀬村が合併して誕生した。古くから羽後国(秋田県)の南の玄関口として栄えた湯沢は、東に奥羽山脈がそびえ、雄大な自然林と豊富な温泉群を有している。冬場の積雪は市街地で1m、山間部では3m超となる豪雪地帯、積雪期間は年間で100日以上に及ぶ。

人口4万5000人ほどのこのまちの歴史は古い。『秋田県遺跡地図』によると、湯沢・雄勝地域では、雄物川沿いとその支流沿い、河川跡などから158もの縄文遺跡が発見されたと記され、縄文人の生活の形跡が見られる。

また湯沢は、平安時代前期(9世紀頃)の女流歌人で、絶世の美女として知られる小野小町の生誕地と(自称)されている。小町は13歳まで湯沢で過ごした後、京に上り、20年ほど宮中の女官を務めた。その後、湯沢に戻り92歳で亡くなるまで過ごしたという(なお、小野小町の生誕地と終焉地については、諸説あり)。

市内小野にある「小町堂」は、そんな小町の霊をまつるため、生誕地とされる場所に建立されたもの。毎年6月の第2日曜日とその前日(土曜日)、朱色で彩られた小町堂は、シャクヤクの花で囲まれ、まるで平安時代にタイムスリップしたかのよう。そこで行われる小町まつりでは、市内外から選ばれた七人の小町娘が小野小町の詠んだ七種の和歌を朗詠し、奉納する儀式が執り行われる。

湯沢商工会議所 会頭 和賀 幸雄 氏

伝統を今に引き継ぐ“湯沢”

「湯沢では2月上旬から10月下旬までさまざまなまつりやイベントが行われます。前述の小町まつりもその一つです。伝統のあるものから、地域を盛り上げるために比較的最近始めたものまでバラエティーに富んでいます」と話す和賀会頭。

その中で冬の代表的なまつりといえば、湯沢三大まつりの一つでもある「犬っこまつり」だ。毎年2月の第2土曜日とその翌日(日曜日)の2日間行われるこのまつりは、今から400年ほど前の江戸時代初期、元和年間(1615~24年)の頃、湯沢を治めていた秋田藩佐竹南家の殿様(3代義種公または4代義章公)のお手柄を、今に伝える民俗行事である。

当時、湯沢には白昼堂々人家に押し入る大盗賊「白討」がおり、人々を震え上がらせていた。それを知った殿様は、領民たちの生活を不安に陥れるこの盗賊に激怒、自らの手でみごと成敗し、穏やかな生活を取り戻すという手柄を立てた。そして領民たちが憂いなく迎えた正月を過ぎた頃、再びこのような盗賊が現れることがないようにと願いを込め、家々の軒端に雪で固めたお堂をつくった。そこに米の粉でつくった小さな犬っこなどを飾り、殿様への感謝と安寧な日々が続くことを祈願したことが、まつりの起源といわれる。

現在は、まつりの中で“犬”をキーワードとしたイベント「愛犬祈願祭」なども行われることから、遠くは関東以西の地域などからも愛犬家が愛犬と一緒に訪れるという。本年2月には、2日間で延べ17万人が来場し、連れられた犬は500匹を数えた。

一方、夏の湯沢では、8月5~7日までの3日間、「七夕絵どうろうまつり」が行われる。犬っこまつりと同様、湯沢三大まつりの一つであるこのまつりの起源は、今から310年以上前の江戸時代も中期に差し掛かる、元禄16(1703)年頃にさかのぼる。

当時の殿様は、佐竹南家7代の義安公。そこに京の都で、関白・鷹司家に仕える牧家のお嬢さま(御年14歳)が腰元二人を連れて輿入れした。お嬢さまは人々から「京都奥様」と呼ばれ慕われたものの、京の都への思いは尽きなかったという。そこで二人の腰元は、輿入れの翌年(15歳の年)の陰暦七夕に、せめてものお慰めとして、五色の糸を結んだ笹竹と絵どうろうを屋敷の軒端に飾った。それが人々にも伝わり、毎年七夕になると奥様の幸せを願い、それぞれの家の軒端に絵どうろうなどを飾り付けるようになっていった。

現在でも期間中、まち中の家々では五色の短冊や吹き流しなどを門前の青竹に飾るほか、車両通行止めにした市内中心部の大町商店街や柳町商店街などには、十数人の絵師が描いた浮世絵や美人画の絵どうろう、大小150基ほどが並ぶ。日暮れが近づくと、大きなものでは、厚さ30㎝、高さ2・5m、幅4・5mにも及ぶこれら絵どうろうに一斉に灯りがともされる。その色彩と優雅さは、にぎやかな“動”のまつりが多い東北地方において、他に例を見ない“静”のまつりと言われる由縁だ。

最近では、秋田大学などへの留学生を20〜30人ほど招待し、この様子を母国を含む海外に向けてSNSで発信してもらう取り組みも行われている。本年8月のまつりには、3日間での延べ約16万5000人が訪れた。

七夕絵どうろうまつり:京都から佐竹南家七代義安公に輿入れしたお嬢さまをお慰めするために始まった

稲庭うどん発祥の地“湯沢”

日本三大うどんの一つである「稲庭うどん」は湯沢が発祥。練る、綯う(=より合わせること)、延ばす、かけるという4工程を経て熟成を重ねていくという独特の「手延べ」製法でつくられる。その麺の形状は幅2~3㎜の平たい乾麺。ゆで時間は3分ほどと短めで、半透明な乳白色になったところで引き上げて、氷水でキリッと締めると、美しいつやがもたらされる。かつおと昆布からなる正統派のつゆに、ねぎやワサビ、しょうがなどでシンプルに味わうのがおすすめとのこと。そのなめらかな口当たりとのど越しのよさが、おいしさを一層引き立てる。

今は身近な存在の「稲庭うどん」だが、江戸時代は殿様への献上品だったという。その製法は稲庭家に伝わる一子相伝のもの。ただ、万延元(1860)年、製造方法の断絶防止のため、二代目佐藤養助に特別に伝授された。その後、その流れをくむ佐藤養助商店が昭和47(1972)年に製造技術や粉の配合を外部に公開するまでは、一般では食することはなかった“幻のうどん”であった。

こうした歴史をもつ湯沢で、毎年9月末に実施されているのが「全国まるごとうどんエキスポ」だ。実施初年の平成23(2011)年は、折しも東日本大震災が発生した年。その9月に復興の先駆けとして、市民一丸となり「地域をつくろう、地域を盛り上げよう、東北を盛り上げよう」というスローガンの下、そのパワーを秋田から東北、そして日本に広げていこうと始まった。北は北海道から南は沖縄まで、近年は台湾からの参加もあるこのイベントは、全国各地のうどんが集結し「うどん」という食文化を通じて地域を越えた連携も目的としており、その運営には市民が関わっている。

大会会長を務める和賀会頭は「このイベントは、多くの市民ボランティアに支えられています。特に地元高校生100人によるボランティアは、店舗にできる列の整備や当該店舗のうどんのPR、使い捨て食器を集めるリサイクルステーションなどで活躍してくれています。高校生がこれほど関わっているイベントは、他には見られない珍しいものではないでしょうか。中には、このボランティアが縁で、県外ですが担当した店舗(企業)に就職した子もいます」と目を細める。

2日間の来場者数は8万人超。その来場者がお気に入りのうどんに投票して1位を決める「ご当地うどんグランプリ」は、毎回盛り上がりを見せる。

雄勝郡会議事堂:秋田県の指定有形文化財。当県に残る代表的な明治時代の洋風官衙(かんが)建築物
両関酒造株式会社母屋:明治7年創業、「低温長期醸造法」を開発し、東北の酒造りの基礎を築いた。国の登録有形文化財

地域間連携、観光振興を目指す地熱のまち“湯沢”

こうしたソフト面の充実を図る一方で、地熱発電や道路という地域特性を持つハード面(インフラ)の整備も進んでいる。

令和元(2019)年5月20日、平成22(2010)年から市内で建設が進んでいた山葵沢地熱発電所が営業運転を開始した。発電出力は、湯沢の一般家庭(約1万8000世帯)の5倍にあたる約9万世帯分の年間消費電力量に匹敵する4万6199kW、国内の地熱発電所では4番目の規模を誇る。出力1万kWを超える地熱発電所の稼働は23年ぶりとのこと。

市東南部の宮城県と山形県の県境付近は、小安峡温泉、秋の宮温泉郷、泥湯温泉などが点在する“いで湯の宝庫”で、国内有数の地熱賦存地帯。地熱発電への取り組みは、昭和40年代後半(1970年代半ば)から始まり、平成6(1994)年に上の岱地熱発電所が市内で初めて営業運転を開始した(現在の発電出力は2万8800kW)。さらに木地山・下の岱地域、小安地域、矢地ノ沢地域の3カ所では、24(2012)年3月の国定公園内における地熱発電規制の見直しを追い風に、地熱資源開発調査が進んでいる。中でも30(2018)年12月に環境影響評価の手続きが開始された小安地域では事業化可能と判断されれば、令和3(2021)年に発電所の建設が始まり、6(2024)年に発電開始が見込まれている。

市では、これらの地熱スポットを巡る観光道路の整備や特産品の開発、平成24(2012)年に認定された「ゆざわジオパーク」などとの連携を通じて観光振興を図っていくとしている。 令和元(2019)年7月26日、湯沢文化会館大ホールで、同所が事務局を務める東北中央自動車道新庄・湯沢間建設促進フォーラム実行委員会主催のフォーラムが800人の参加の下、開催された。東北中央自動車道は、福島県相馬市から秋田県横手市までを結ぶ全長268㎞の高規格道路。既に全線事業化が決定しているが、現在の新庄・湯沢間は供用中と事業中の区間が混在しているため、高規格道路と一般道を乗り降りしながら走行しなければならない。こうしたことから、フォーラムでは、本事業の一層の促進による一日も早い全線供用開始を訴えている。

和賀会頭は「高速道路網の整備は、生産性の向上、地域活性化に必要不可欠です。この東北中央自動車道は、東北各地域との連携拡大や観光振興、企業誘致、さらに災害発生時のネットワーク機能といった“命の道”としての役割が期待されています。全線事業化となった今後は早期完成を目指し、予算の重点的配分などを関係機関に働きかけていきます」と力強く語った。

伝統や地域資源を生かして活性化を目指す湯沢。熱量の高い行事や取り組みが、今後ますます楽しみな地域だ。

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