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まちの解体新書 世界自然遺産目指す 歴史を紡ぐつむぎの島

青い海、白い砂浜、サンセットスポットとしても有名な大浜海浜公園

手つかずの自然が豊富な〝東洋のガラパゴス〟

〝東洋のガラパゴス〟とも称される奄美大島。温暖な気候と豊かな自然が都会の喧騒を忘れさせてくれる。

奄美大島は、鹿児島本土と沖縄県のほぼ中央に位置する。加計呂麻島、請島、与路島、喜界島、徳之島、沖永良部島、与論島を含めた有人8島である奄美群島の主島で、総面積は712㎢。全国の離島の中で、沖縄本島、佐渡島に次ぐ3番目に大きな島である。亜熱帯海洋性気候に属していて、年間平均気温は21度前後、年間降水量は約3000㎜。梅雨入りは早く、日本国内で先陣を切って例年5月上旬頃に始まる。

沖縄の琉球と鹿児島の薩摩がそれぞれ交流して中国の大陸と文化が混じり合い、奥深い歴史や風習が残っている。「シマ」と呼ばれる集落内の人々の結びつきが強く、古くから伝えられてきた行事や祭りが無形文化財に指定されている。ほかでは見られない独特の文化は、今でも島の生活の中で垣間見ることができる。伝統文化として古くから伝承された五穀豊穣を祈り祝う島唄や、八月踊り(2019年度地域伝統芸能大賞・地域振興賞を受賞)なども、この地ならではのものだ。

また、奄美大島の特徴として、生態系の豊かさと多様性が挙げられる。植物の種類はおよそ2000、そのうち奄美の固有種は約50種。奄美群島周辺は、温暖な黒潮の影響で約220種類ものサンゴに囲まれており、現在でも毎年2㎜ずつサンゴ礁が隆起を続けている。

美しいサンゴ礁や希少野生動植物が生息・生育する亜熱帯の森などが、住む人も訪れる人も魅了してやまない。昨年、2018年に創立60周年を迎えた奄美大島商工会議所の谷芳成会頭は、「奄美は手つかずの自然が残る楽園、結いの島とも言われ、地域相互扶助の仕組みが受け継がれています。先祖から伝えられる唄や踊り、料理に加え、癒やしのホスピタリティーがあります」と、奄美の魅力を語る。

奄美市は、奄美大島の北部に位置する群島の拠点都市で、南は太平洋に、北は東支那海に面している。島全体の約4割を占め、中核都市としての機能を持つ名瀬地区(旧名瀬市)、緑豊かな森林と清流に代表される住用地区(旧住用村)、広い農地と美しい海岸線を有する笠利地区(旧笠利町)で構成されている。

日本で2番目に大きいマングローブの原生林、国の特別天然記念物、アマミノクロウサギをはじめ太古の生命が息づく金作原原生林など、多くの自然と景勝地を有する。見どころは尽きないが、谷会頭のイチ押しは日本の渚百選で奄美十景としても知られる、夕陽の美しい大浜海浜公園。「ビール片手に、バーベキューを楽しみながらのサンセットビューは最高」だそうだ。

奄美大島商工会議所 会頭 谷 芳成 氏

世界三大織物の一つ「本場奄美大島紬」発祥の地

そして奄美といえば、大島紬。ペルシャ絨毯、コブラン織と並ぶ、世界三大織物の一つとされている。奈良時代から存在し、奄美大島が本場生産地(発祥の地)とされている絹織物で、正式には「本場奄美大島紬」と呼ばれている。現在では鹿児島県内各地で製造されており、経済産業大臣指定伝統的工芸品で、地域団体商標にも登録されている。

日本における紬の起源は諸説あるが、280~297年に書かれた中国の歴史書『魏志倭人伝』によると、稲や桑などを植え、蚕を飼い糸を紡いで緻密な絹をつくり、紬が織られていたことが記されている。734年、奈良にある東大寺や正倉院の献物帳にも「南東から褐色紬が献上された」と記録されており、遣唐使を通じた献上品ではないかと推測されている。

畑にはサトウキビや果実樹が広がり、山はブナ科が優占する常緑広葉樹林。人里近くの山あいには桑やソテツ、芭蕉などの繊維植物や染料となる植物を植栽していた。海では美しい夜光貝やサンゴなどが豊富に取れる奄美群島は大陸との海上交通の要路でもあったため、文化の交流を図り、島の特産物との交換でさまざまな品物を手に入れていった。大和文化とともに日本古代の染色技術が伝えられ、普及していたと考えられる600年代は、島民が大和朝廷と頻繁に往来し交易をしていた頃ともいわれている。約1300年前に、この地の自然の恵みと海のシルクロードと呼ばれる海路により、特有の織りと染色技術は生まれた。

奄美の織物は、芭蕉、木綿、紬などの繊維を素地としてつくられていて、わが国で最も長い歴史と伝統を持つ織物。紬を頂点に、木綿、麻、芭蕉布の順に、織物が階層や身分で異なっていたことが明らかになっている。江戸時代中期、奄美大島などを支配していた薩摩藩は、島民に「紬着用禁止令」を出したという記録が残っている。「役人には紬の着用を許すが、下の者には一切許さない」と命じたもので、織物は薩摩藩への貢納布や贈答用として献上しなければならず、島民には全く手の届かない布だった。紬に対して大量に生産されていた芭蕉布(芭蕉の繊維で織った平織りの布)が、主に島民の普段着として許可され、役人層は木綿の着用は許されたが、絹や紬は禁止されていた。

明治時代以降、黒糖生産とともに大島紬は新たな産業となった。島の女性たちが紬織に精を出して生活を支えていた。紬の生産は奄美大島北部が中心だったが、明治半ば以降、奄美大島南部の女性たちが住み込みで製織を学びに来るようになったという。

国定公園特別保護区に指定されているマングローブ原生林

専門の職人による分業で40にも及ぶ製造工程

製造期間半年以上を要する本場奄美大島紬は、唯一無二の特徴を持っている。①絹100%、②先染め手織り、③平織り、④締機で手作業により経・緯絣の加工をしたもの、⑤手機で(経・緯)絣を絣合わせして織り上げたもの、である。軽くてあたたかく着崩れせず、着込めば着込むほど肌になじむ着心地の良さと固有の色合いが何ともいえない。先染めによる経糸と緯糸の絣(点)で柄を表現しており、この技術により細かい柄を表現することができる。1000万以上の点の集合体から描かれる精緻でグラフィカルな絣模様は平織り特有のリバーシブル。文様は、自然の事象や動植物、生活の道具など、身近なものから生まれている。

本場奄美大島紬協同組合の川畑正輝総務課長によると、「本場奄美大島紬の製造工程は、染色方法や糸の密度などにより多様化しています。設計、糸の準備、製織の工程に要約されますが、それぞれの作業は複雑で、専門の職人により分業化されています。一反の織物が完成するまでには40にも及ぶ工程を積み重ねる」という。

本場奄美大島紬は工程ごとに職人がいて、全ての工程の職人が手作業でつくり上げる。まずは形や色調などイメージを表現した原画と設計図を描く「図案」。この図案に沿って織る前の糸を染めるための準備で「絣締め」を行い、「染色」に入る。本場奄美大島紬の「染色」といえば代表的なのが「泥染め」。古代地層で鉄分が多く含まれている奄美大島の泥が可能にする泥染めは、絹糸を美しく、光沢を帯びた黒色へと染めていく。そして図案に沿って染め上がったものを調整加工し、「織り」に入っていく。先染めである本場奄美大島紬は織りの段階で模様の目を合わせながら織り上げる。それにより精密な織りを実現している背景として、経糸と緯糸を狂いなく合わせながら織り上げていくという長い年月をかけて磨き上げた高い技術と作業が必要になる。

本場奄美大島紬の反物

海外での販路開拓に向けブランド化図る

奄美大島には、700年代から養蚕と絹織物の歴史があり、江戸時代以降は本場奄美大島紬として最高級着物の産地として名を馳せてきた。本場奄美大島紬は奄美大島の基幹産業であり、1980年代初めの生産額は300億円近くを誇ったが、近年は和装文化の衰退や海外勢の台頭で低迷する状況が続いていた。

そこで、奄美大島商工会議所は打開策に打って出る。国内のみならず、海外での販路開拓・拡大を目指す、その名も「本場奄美大島紬のブランド確立プロジェクト」。海外進出や新商品開発などで新たな需要を創出しようと商工会議所が2016年度に着手し、3年間の事業計画で進めてきた。商工会議所が中心となって取り組み、奄美市や龍郷町、本場奄美大島紬協同組合、デザイナーなどが支援し、2市町の事業者が参画。中小企業庁の「ふるさと名物応援事業(JAPANブランド育成支援事業)」を活用し、洋服やインテリア用品の開発、海外での展示会出展、商談などを積極的に行ってきた。

地域の誇れる資源である本場奄美大島紬の海外展開に、明るい兆しが見える。

伝統行事の一つ、奄美まつり舟こぎ競争

LCCの就航などで交流人口が拡大

一方、谷会頭は「奄美も例外ではなく、人口減少や少子高齢化の波が押し寄せてきています。定住人口の増加と交流人口の拡大を図っていくことが喫緊の課題です。課題解決に向け、さらにキャッシュレス時代を見据えた販売形態の対応にも力を入れていきたい」と気を引き締める。

商工会議所では、18年度に中小企業庁の「地域力活用新事業∞全国展開プロジェクト」を活用し、地域共通ポイントカードの創設などについて検討したほか、19年6月にはキャッシュレス決済入門セミナーの開催を予定している。また、訪日外国人観光客の誘致とインバウンド増に向けて環境整備が必要なことから、奄美大島で昨年、キャッシュレスシステムの実証実験が行われた。

「17年に世界遺産登録の前提となる奄美群島国立公園に指定され、鹿児島県徳之島、沖縄県の沖縄島北部と西表島と共に、20年の世界自然遺産登録を目指しています。地域の機運醸成に努めているほか、関係機関と連携を深めながら、世界でも有数の生物多様性を生かした生態系の保全などに着実に取り組んでいます。また、さらなる観光客の増加に備え、輸送など受け入れ態勢を整えていかなければならないと考えています」(谷会頭)

LCCの就航や航路・航空路線の運賃低減化施策、大型クルーズ船の誘致、さらには昨年放映されたNHK大河ドラマ『西郷どん』などの効果による観光客増の手応えも感じているという。世界自然遺産登録が実現すると、地域の活性化や知名度を生かした農林水産物、特産品などのブランド力の向上などが期待される。奄美に追い風が吹く。

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